江夏豊、オールスター9連続奪三振の記憶

菅谷齊

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プロ野球の歳時記、7月はオールスター戦。そのビッグイベントでもっとも強烈な出来事は「江夏の9連続三振」である。ドリームゲームを中止に追い込んだコロナも真っ青になる快投を再現してみると-。

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球宴で生まれた前人未到の大記録

1971年7月17日、西宮球場(兵庫県)での第1戦。当時は「人気のセ、実力のパ」といわれ、パ・リーグの濃人渉監督(ロッテ)は、セ・リーグの先発が左腕江夏豊(阪神)とあって右打者をずらりと並べた。のちに3000安打を記録する張本勲をベンチに置いてまでの必勝のオーダーを組んだ。

パの猛者揃いは「オレが打ってやる」と打席に向かった。ところが、この有様だった。結果(ス=ストライク、ボ=ボール、空=空振り、F=ファウル、数字は球数)は…。

  • 1回 ▽有藤通世(ロッテ)ボ・F・ボ・F・空(5)▽基 満男(西鉄)F・ボ・ボ・ス・空(5)▽長池徳二(阪急)空・ス・ボ・ス(4)
  • 2回 ▽江藤慎一(ロッテ)ス・ス・ボ・ボ・空(5)▽土井正博(近鉄)F・ス・空(3)▽東田正義(西鉄)F・ボ・F・ボ・F・ス(6)
  • 3回 ▽阪本敏三(阪急)空・ボ・空・F・ボ・空(6)▽岡村浩二(阪急)ス・F・空(3)▽加藤秀司(阪急)空・ボ・F・空(4)

3イニングで費やしたのは14、14、13の計41球。一人あたり4.5球。セの川上哲治監督は1回を終えた江夏に「野手はいらんな」と予言したほどの立ち上がりだった。

パの長池、岡村、加藤は「速すぎる。スピード違反だ。かすりもせんよ」。阪本は「バントしようか」と考えたものの、そんな奇襲が通じる状態ではなかった。「モノが違う」とボスの江藤が総括した。パはこの試合、史上初のノーヒットノーラン。まさに“江夏ショック”だった。

最後の打者となった加藤の3球目は一塁ベンチ方向にファールフライとなった。江夏は捕手の田淵幸一に「追うな!」と叫んだ。ファウル。4球目、速球が決まって空振り。これできっちり9連続三振。「(加藤の)ファウルフライは追いつけなくて悔いが残る。追いついてミットに当ててから(故意に)落とそうと思ったからね」。田淵の後日談である。

注目すべきは土井の言葉。「調子が悪いと聞いていたんだ。それが、このザマだ。アイツはなんてヤツだ」とあきれていた。この年の江夏は6勝9敗と不振だった。大舞台での本領発揮に阪神監督でコーチとしてベンチ入りしていた村山実は「公式戦でああいうピッチングをしてくれよ」と愚痴ったあと「江夏はすごい」と漏らした。

投げ終えた江夏が最初に言ったのは「あんな成績でファン投票1位に選んでくれたファンの期待に応えようと投げた。正直、ホッとした」。実は、マウンドに登る前、意を決したように「これまでのオールスター戦にない記録を作ってやる」と言った。それが9連続三振だった。

最後に聞いた。「やってみたいピッチングは?」と。江夏の答えは「27打者を全員三振に取っての完全試合」。三振奪取王らしい話だった。

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江夏の9連続三振にまつわる秘話

後年、巨人の江川卓が8連続三振のあと、カーブを投げて内野にゴロを打たれ、江夏に追いつけなかった。江川の理想は「27打者をすべて初球で打ち取って完全試合」。9人目の最後の1球に二人の姿勢の違いが見事に表れている。

江夏は前年のオールスター第2戦で8三振を奪い、5人連続で締めくくっていたから14連続となった。さらに9連続の後、第3戦(後楽園)で先頭の代打江藤を三振に仕留め、15連続に。

記録を止めたのは次打者の野村克也(南海)。バットを短く持って打席に立つ姿を見て江夏は笑った。野村はちょこんと当てて二ゴロ。のちに監督兼任となった野村が江夏をトレードで獲得し、クローザー江夏が生まれる。

こんなこともあった。江夏が川上監督に3試合すべてに登板させられたことがあった。阪神の藤本定義監督は「(江夏を)つぶす気か」と怒った。公式戦で江夏が難敵になることから酷使したというのである。

オールスター戦を大リーグでは「サマー・クラシック」と呼ぶ。「フォール・クラシック」のワールドシリーズと並ぶ二大イベント。江夏の記録はその大リーグでも“驚異的記録”として語り伝えられている。


菅谷 齊(すがや・ひとし)1943年、東京・港区生まれ、法大卒。共同通信で巨人、阪神、大リーグなどを担当。1984年ロサンゼルス五輪特派員。スポーツデータ部長、編集委員。野球殿堂選考代表幹事を務め三井ゴールデングラブ賞設立に尽力。大沢啓二理事長時代の社団・法人野球振興会(プロ野球OBクラブ)事務局長。ビジネススクールのマスコミ講師などを歴任。法政二高が甲子園夏春連覇した時の野球部員。同期に元巨人の柴田勲、後輩に日本人初の大リーガー村上雅則ら。現在は共同通信社友、日本記者クラブ会員、東京プロ野球記者OBクラブ会長。

 

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菅谷齊(すがや・ひとし)1943年、東京・港区生まれ、法大卒。共同通信で巨人、阪神、大リーグなどを担当。1984年ロサンゼルス五輪特派員。スポーツデータ部長、編集委員。野球殿堂選考代表幹事を務め三井ゴールデングラブ賞設立に尽力。大沢啓二理事長時代の社団・法人野球振興会(プロ野球OBクラブ)事務局長。ビジネススクールのマスコミ講師などを歴任。法政二高が甲子園夏春連覇した時の野球部員。同期に元巨人の柴田勲、後輩に日本人初の大リーガー村上雅則ら。現在は共同通信社友、日本記者クラブ会員、東京プロ野球記者OBクラブ会長。著書「日本プロ野球の歴史」(大修館、B5版、410ページ)が2023年度ミズノスポーツライター優秀賞を受賞。