「過去と未来は、現在とともにある」。
3度目のNBAファイナルを前に、ケビン・デュラント(ゴールデンステイト・ウォリアーズ)は、こんな、まるで哲学者のようなことを言っていた。
勝負をするうえでの“ショートメモリー”(忘れるスキル)の重要性について聞かれたときのコメントだ。
「ショートメモリーも必要だけれど、同時に、過去の経験から何を引き出せるかということも必要。そうすることで、将来をよりよくすることができる」とデュラントは説明する。
「過去と未来は、現在とともにある。確かに今に集中する必要はある。過去を引きずったり、先のことばかり考えるわけにはいかない。でも将来をよくするために、過去から何を得ることができるかということも考えたい。その2つのバランスが大事なのだと思う」。
バスケットボールを選んだことで自分の人生を変え、家族の人生も変えることができた
試合の駆け引きについての話だったのだが、これは彼の人生についても当てはまる。それでは、彼の“過去”と“未来”は、今、“現在”とどう関わっているのだろうか。
今年のNBAファイナルでクリーブランド・キャバリアーズ相手に4連勝して連覇を達成し、2年連続でNBAファイナルMVPを受賞した後に、デュラントはこんなことを語っていた。
「僕はバスケットボールに恩義があると思っている。バスケットボールが僕の人生を変えて、人生を救ってくれた。ずっと抜け出せないだろうと思っていた環境から出させてくれた。(子供時代を過ごした)メリーランドで一生過ごすと思っていたんだ。でも、それが今、こうして世界中を旅行し、いろいろな人たちに会うことができている。世界中の国、多くの街を訪れ、いろいろなアリーナに行くことができている。そういう機会を与えられたことにずっと感謝していきたい。優勝なども大きな意味を持っているけれど、バスケットボールを選んだことで自分の人生を変え、家族の人生も変えることができたことを考えると、それは最後に上に乗せるチェリーのようなものなんだ」。
7歳のときにバスケットボールを始め、12歳のときに「バスケットボール選手になる」と宣言したデュラントは、それ以来、真剣にバスケットボールに取り組んできた。友達が遊んでいるときも、体育館や近所の坂道でトレーニングをしてきた。そういった過去の努力の積み重ねが、今の成功の源流となっていて、この先の道をも開いているのだ。
「記録はどうでもいい」
デュラントはこれまで、NBA優勝、レギュラーシーズンとNBAファイナルのMVP、オリンピックの金メダルと、NBA選手が目標とするもののすべてを手に入れてきた。この先、まだ選手として何か証明しなくてはいけないことが残されているのだろうか。
優勝後の会見で、そう聞かれた彼は、「これまでも何かを証明してきたわけではないけれど…」と言いかけてから、ふと気づいたようにこう言い換えた。
「子供のときに正しいキャリアを選んだ、ということを自分自身に証明した。まだやることはたくさん残されていると思うし、これからも長い間、続けていけることを自分に証明していきたい。できればこの先も成功をおさめ、選手として成長し続けていきたい。それだけを考えている」。
ウォリアーズ移籍後、2年連続で優勝を果たしたデュラント Photo by NBA Entertainment
会見とは別のESPNの取材で、デュラントは、「優勝することは嬉しいけれど、優勝に取りつかれてはいない」と、本音を明かしている。実際に優勝してみたら、それが自分を突き動かす原動力ではないとわかったのだという。
個人記録にも執着はない。たとえばカリーム・アブドゥル・ジャバーが持つレギュラーシーズン通算得点記録だ(3万8387点)。現時点で2万913点をあげているデュラントは、今季と同じくらいのペースで得点し続ければ、あと10年弱でジャバーを抜くことができる。現在29歳のデュラントにとっては、十分に現実的な目標だ。しかし、それを追いかけるために現役を続けるわけではないのだという。
「記録はどうでもいいんだ」と、デュラントはESPNの記者に語っている。
「自分のやり方、自分が定めた期間のなかで、すべてをやり尽くしたとわかっていれば去ることができる。そういう形でバスケットボールを去りたい。そのときに、そういった栄誉や記録を得ていればクールなことだし、できなかったとしてもクールだと思える。そういったことが選手としての僕の価値を決めるわけではない」。
それでは、デュラントはいったい何のためにプレイしているのだろうか。その答えは、見つけてみたら子供の頃からプレイしてきた理由そのものだった。
自分が成長するため。選手として、オールラウンドにすべての面を磨き、それをさらに極めるため―――。
「僕はコート上で何でもできるということに誇りを持ってやってきた。得点だけでなく、アシストやリバウンド、ディフェンス面でもブロックや、どのポジションの選手にもスイッチしてつける。得点以外の面でも試合でインパクトを与えることができる。今、こんな選手になりたいと思っていた姿のピークにたどり着いた気がする。でも、まだ、さらにうまくなれると思っている」。
文:宮地陽子 Twitter: @yokomiyaji
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