因縁の対決:負けられないロケッツと失うもののないサンダー(YOKO B)

YOKO B

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クリス・ポールとラッセル・ウェストブルックのトレード

8月18日(日本時間19日)、NBAプレイオフ2020 ウェスタン・カンファレンス1回戦の中でも注目の対戦である、ヒューストン・ロケッツとオクラホマシティ・サンダーのシリーズが始まった。

この対決が注目されることになった一番の理由は、昨年のオフ、両チームの間でクリス・ポールとラッセル・ウェストブルックの大型トレードが発生し、両者がそれぞれの古巣のチームと顔を合わせることになったからだ。だが、両者の古巣への想いは微妙に異なっている。

ウェストブルックの場合は、ポール・ジョージのトレード要求を受けたサンダーのサム・プレスティ・ゼネラルマネージャー(GM)が、ウェストブルックに移籍の打診をし、ロケッツに行きたいという彼の希望を叶える形でロケッツに放出している。そのため、両者の間にわだかまりがあるわけではない。

しかし、ポールの場合は、ロケッツのダリル・モーリーGMが、ポール本人に対してトレードの噂を否定しておきながら、再建モードのサンダーへのトレードに踏み切ったという背景がある。

それを踏まえると、今回の対戦はポールにとって自分を見限ったチームに対するリベンジの機会と言えるだろう。

サンダーとの対戦を前に、ポールの元チームメイトで、子供時代から彼を良く知るロケッツのP.J.タッカーは、ポールについてこう話している

「彼を知っているからわかるけど、彼はこのシリーズにすごく勝ちたいと思っていると思う。向こうのチームで、チームメイトにどうすべきか伝えてるだろうし、僕たちのゲームプランも教えてるだろうね。彼がどんなに競争心が強いか知ってるからわかるんだ」。

因縁の歴史はジェームズ・ハーデンのトレードから

8月12日(日本時間13日)にウェストブルックが怪我でシリーズ前半を欠場すると発表されてからは、『因縁の対決』の要素は少し薄れているようにも見える。しかし、歴史を遡れば、サンダーとロケッツの因縁はほかにもある。

そもそもの始まりは、2012年のジェームズ・ハーデンのトレードだ。

当時サンダーのシックスマンだったハーデンは、シックスマン賞を獲得するほどの活躍をした2011-2012シーズンに、若きケビン・デュラント(現ブルックリン・ネッツ)とウェストブルックとともに、NBAファイナルまで勝ち進んだ。

結果的にマイアミ・ヒートに敗れはしたが、サンダーファンはこのとき、この若いトリオが将来チームを優勝に導いてくれると信じていた。ところが、その年のオフにサンダーとハーデンとの契約交渉が難航し、2012-13シーズン開幕直前にハーデンはロケッツに電撃トレードされる。

James Harden Thunder 2012
2012-13シーズン開幕直前にサンダーからロケッツへトレードされたハーデン

ロケッツに移籍したハーデンは、そこからすぐに頭角を現し、その後、本人が望んだフランチャイズの顔となっただけでなく、毎シーズンMVP候補に名を連ねるスーパースターになった。このハーデンの活躍のため、2013年のトレードはプレスティGMの最大のミスとして今もメディアに取り上げられる。今回の対決を受けて、オクラホマの地元紙の記者は、「ハーデンをトレードした事実は、サンダーが優勝するそのときまで球団につきまとうことになるだろう」と語っている。

それでも、ハーデンをトレードしたその年、サンダーはリーグトップの勝率をあげて優勝候補としてプレイオフに進んだ。そして、ハーデンのいるロケッツも、数年ぶりにプレイオフ進出を果たす。

2013年プレイオフでのベバリー事件

そして迎えた2013年のプレイオフのウェスタン・カンファレンス1回戦で、サンダーとロケッツは対戦する。ここでサンダーにとって大事件が起きる。それが、ウェストブルックの右膝の怪我だった。

その怪我は、サンダーがタイムアウトを取った直後、ボールを持っていたウェストブルックに対して、パトリック・べバリー(現ロサンゼルス・クリッパーズ)がスティールに行った際に接触して起きた。ウェストブルックは右膝の前十字靭帯を断裂し、手術を受けてシーズンを終了。その後サンダーは、ロケッツを下して2回戦に進むも、ウェストブルックの抜けた穴を埋めることはできずに敗退する。

このべバリーの過剰とも思えるハッスルプレイによって、ウェストブルックが怪我をし、サンダーは優勝のチャンスを奪われた。ベバリーがロケッツにいる間はもちろんのこと、クリッパーズに移籍した今でも、彼がチェサピーク・エナジー・アリーナで誰よりも大きなブーイングを受けるのはこのためだ。

2017年MVP論争

さらに2017年には、両チームのファンの間でMVP論争が起きる。

2016-17シーズンは、ロケッツと延長契約をしたハーデンがポイントガードとして活躍し、チームをウェスタン・カンファレンス3位に導いた。一方、サンダーのウェストブルックは、2016年オフのデュラントのゴールデンステイト・ウォリアーズへの電撃移籍を受けて、独りでチームを背負い、シーズン平均トリプルダブルと歴代最多となるシーズン42回のトリプルダブル達成という大記録を打ち立てて、チームをプレイオフに導いた。そのストーリーのインパクトも大きく影響し、ウェストブルックがMVPを受賞した。

だが、この結果に到底納得できなかったロケッツファンは、ウェストブルックにハーデンのMVPを横取りされたという不満をSNS上で発信し、モーリーGMまでもがそのことに言及するに至った。この一件で、再びロケッツとサンダーの敵対関係は顕著になった。

そんな中で昨オフのトレードが起き、サンダーにとって宿敵であるはずのロケッツに、サンダーの顔のウェストブルックがトレードされ、代わりにサンダーには、当時34歳という年齢で高額サラリーを抱えるポールがやってきた。

一方のロケッツは、怪我がちな上にハーデンとの不仲が懸念されるポールを放出できた代わりに、数字稼ぎでハーデンの敵のはずのウェストブルックがやってきたのだ。

しかしシーズンが進むにつれ、ロケッツは次第にウェストブルックを活かしたチームを作り、ファンも彼がチームに与える良い影響に気づき始める。サンダーも、全面的にチームにコミットしたポールの元で若手選手が成長し、チームがまとまりを見せ始め、ファンはウェストブルックのいないサンダーを楽しめるようになった。

こうして両チームは、ウェストブルックとポールのトレードをポジティブなものに変え、シーズンを通して自分たちのプレイスタイルを作り上げてきた。そのスタイルの全く違う両者が、互いにどう戦うかが、今回の対決の見所でもある。

小型布陣のロケッツと3人PGのサンダー

ロケッツは、ウェストブルックを活かすため、従来型のセンターのいないスモールラインナップに舵を切った。ハーデンの絶対的な得点力に、ウェストブルックの爆発力を加え、リーグ屈指の速いペースで試合を運び、3Pを量産するオフェンス重視のチームだ。

対するサンダーは、“ポイントゴッド”(ポイントガードの神様)と呼ばれるポールを中心とするトラディショナルなチームでありながら、シェイ・ギルジャス・アレクサンダーとデニス・シュルーダーの3人のポイントガードを同時に起用してオフェンスを組み立てる。ペースは遅いが、ボールを回してスペースを作るスタイルで、ディフェンスに定評がある。

18日(日本時間19日)の初戦では、ロケッツが自分たちのプレイスタイルを貫いた。ゲームハイの37得点をあげたハーデンを中心に、チーム一丸となって攻守ともにサンダーを圧倒し、123-108で勝利している。

「まだ1戦目さ。とりあえず戦ってみなければわからないこともある」と、ポールは試合後に語っている

「あんな風に戦うロケッツと対戦するはこれが初めてのことだから、どんな試合になるか、手探り状態になることはわかっていたよ」。

Russell Westbrook Rockets
ウェストブルックの復帰時期がいつになるのかもシリーズの注目ポイントのひとつだ

20日(日本時間21日)の第2戦には、膝の怪我で欠場していたサンダーのルーキー、ルーゲンツ・ドートが復帰し、初戦で37得点をあげたハーデンを21得点(うち3Pは11本中2本成功)に抑える活躍を見せるとともに、手探りだったオフェンスのペースを速め、積極的な攻撃で試合を進めた。しかし、ロケッツが最後まで集中力を切らさず、スイッチを活かした徹底的なディフェンスと、出場した8選手のうち7人が二桁得点をあげるバランスの良いオフェンスを繰り広げ、111-98で勝利。シリーズを2勝0敗とリードした。

第1戦の勝利に貢献したジェフ・グリーン(22得点、フィールドゴール12本中8本成功)について、「僕はルーキーの頃からジェフを知っているから、彼に何ができるかはわかっている」と、ハーデンは話した。

そう、実はグリーンも、サンダーに所縁のある選手なのだ。現在ロケッツに所属するグリーンと、ハーデン、ウェストブルック、そしてオーランドでのシーズン再開に参加しないことを決めたタボ・セフォローシャの4人は、2009年から2011年までの間、サンダーでチームメイトとして共に戦っている。

また、サンダーには、ハーデンのトレードがあったからこそ存在する選手がいる。現在チームに最も長く所属し、チームの人気者になったニュージーランド出身のスティーブン・アダムズだ。彼は、ハーデンのトレードでロケッツから獲得した指名権で、2013年のドラフト1巡目12位でサンダーに指名されている。

サンダー創立後12年というそれほど長くない期間に、ロケッツとサンダーの間には因縁の対決と呼ぶのに十分な歴史が刻まれている。優勝を目指し、1回戦では負けられないロケッツと、ここまで来られたことが期待以上で、負けても失うもののないサンダーという、立場の異なる両チームが、今年の対決で新たにどんな歴史を作るのか。

このままロケッツが勢いをつけて連勝するように見えた22日(日本時間23日)の第3戦では、オーバータイムの末に119-107でサンダーが1勝をもぎ取っている。

最後の最後まで、目が離せないシリーズとなりそうだ。


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YOKO B

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静岡県出身。大学卒業後渡米し、オクラホマ大学大学院修士課程修了。2014年よりオクラホマシティ在住。移住前にNBAのオクラホマシティ・サンダーのファンとなり、ブログで情報発信を始める。現在はフリーランスライターとして主にNBA Japan/The Sporting Newsに寄稿。サンダーを中心に取材するかたわら、英語発音コーチも務める。