2019年バスケットボール殿堂入りメンバー発表

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4月6日(日本時間7日)、ネイスミス・バスケットボール・ホール・オブ・フェイム(以下、殿堂)が、2019年にバスケットボール殿堂入りを果たす12名を発表した。『AP』が詳細を伝えた。

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今回殿堂入りを果たす元NBA選手は、ブラデ・ディバッツ、ボビー・ジョーンズ、シドニー・モンクリーフ、ジャック・シクマ、ポール・ウェストファル、チャールズ・クーパー、カール・ブラウンの7名で、元WNBA選手のテレサ・ウェザースプーンの殿堂入りも決まった。

殿堂入りの式典は、9月6日(同7日)にマサチューセッツ州スプリングフィールドで行なわれる。

ユーゴスラビア出身のディバッツは、1989年にロサンゼルス・レイカーズに加わり、2004年までNBAでプレイした。現役時代には、NBA通算1万3000得点、9000リバウンド、3000アシスト、1500ブロックを超える数字を残している。1990年にはNBAオールルーキー・ファーストチーム、2001年にはNBAオールスターチームに選出され、ユーゴスラビア代表ではオリンピックで2度の銀メダル(1988、1996)、欧州選手権で2度の金メダル(1989、1991)、そしてFIBA世界選手権(現ワールドカップ)で2度の金メダル(1990、2002)獲得に貢献した。2008年には欧州のクラブバスケットボールが選ぶ最も偉大な貢献者50人にも選出され、2010年にはFIBAの殿堂入りも果たした。サクラメント・キングスの永久欠番にもなっており、現在はキングスのGMを務めている。

ジョーンズは、NBAオールディフェンシブ・ファーストチームに8回選出(1977〜84)された選手で、1983年にはフィラデルフィア・76ersでNBA優勝を果たした。NBAオールスターにも4回(1977、1978、1981、1982)選出され、1983年にはNBAシックスマン賞を受賞。デンバー・ナゲッツがNBAに加入する以前には、ABA(American Basketball Association)のオールルーキーチーム(1975)、ABAオールディフェンシブチームに2回(1975、1976)、ABAオールスターチーム(1976)に選出されている。ノースカロライナ大学時代には、1972年にNCAAファイナル4に進出し、1974年にはオールアメリカ・セカンドチームに選出された。そして1972年のミュンヘン・オリンピックにアメリカ代表として出場し、銀メダル獲得に貢献した。

モンクリーフは、現役時代にNBAオールスターに5回(1982〜86)選出され、NBA年間最優秀守備選手賞にも2回(1983、1984)輝いた。また、NBAオールディフェンシブチームに4回(1983〜1986)、オールNBAファーストチームにも1回(1983)選出されている。NBAでの11シーズンでミルウォーキー・バックス、アトランタ・ホークスに所属し、平均15.6得点、4.7リバウンドを記録。アーカンソー大学に所属した1975〜79年には、平均16.9得点、8.3リバウンドという成績を残した。1975-76シーズンには、NCAA最高のフィールドゴール成功率66.5%を記録し、1979年にはオールアメリカ・ファーストチームに選出されている。

NBAオールスターに7回(1979〜85)選出されたシクマは、1979年にシアトル・スーパーソニックスの優勝に貢献した。1978年にはNBAオールルーキー・ファーストチームに選出され、1987-88シーズンには、フリースロー成功率(92.2%)でリーグ最高の数字を残したNBA史上唯一のセンターとなった。イリノイ・ウェスレヤン大学時代には平均21.2得点、13.1リバウンドを記録。1976年と77年にNAIAオールアメリカン、アカデミック・オールアメリカンに選出された。

ウェストファルは、NBAオールスターに5回(1977〜81)、オールNBAファーストチームに3回(1977、1979、1980)選出され、ボストン・セルティックス時代の1974年に優勝を成し遂げた。NBAでの12シーズンでは、平均15.6得点、4.4アシストを記録した。サザンカリフォルニア大学時代には、1971年にAPのオールアメリカ・セカンドチームに選出され、大学最終年の1972年には平均20得点、5アシスト以上という成績を残した。ウェストファルは、1997年にサザンカリフォルニア大、2008年にはPac-12、1998年にはフェニックス・サンズの殿堂入りを果たしている。

1926年生まれのクーパーは、1946年から50年までデュケイン大学に所属し、50年にはオールアメリカンに選出された。卒業後、ハーレム・グローブトロッターズに所属した時期もあったが、レッド・アワーバック率いるセルティックスからドラフトで指名され、NBAチームから指名された史上初の黒人選手となった。

ブルックリン出身のブラウンは、1950年代に活躍したガードで、NBAで13年プレイした。コルゲート大学を経て1947年にニューヨーク・ニックスに加わり、7シーズン連続してチーム最多の得点を記録。NBAオールスターチームに5回(1953〜57)選出され、1962年にセルティックスの優勝に貢献した。

2019年の殿堂入り12名は以下の通り。

北米委員会選出
ビル・フィッチ(コーチ)
ボビー・ジョーンズ(選手)
シドニー・モンクリーフ(選手)
ジャック・シクマ(選手)
ポール・ウェストファル(選手)
TENNESSEE A&I TEAMS OF 1957-59(チーム)

女子委員会選出
テレサ・ウェザースプーン(選手)

ネイスミス・バスケットボール・ホール・オブ・フェイム選出
アル・アトルズ(功労者)

早期アフリカ系アメリカ人パイオニア委員会選出
チャールズ・クーパー(選手)

インターナショナル選手委員会選出
ブラデ・ディバッツ(選手)

ベテラン委員会選出
カール・ブラウン(選手)

女子ベテラン委員会選出
WAYLAND BAPTIST UNIVERSITY TEAMS OF 1948-82(チーム)

原文:Divac, Sikma, Moncrief headline Hall of Fame Class of 2019 by NBA.com(抄訳)


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NBA日本公式サイト『NBA Japan』編集スタッフ