[杉浦大介コラム第61回]クリスタプス・ポルジンギスがニックスにもたらした変化

杉浦大介 Daisuke Sugiura

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明らかな変化を感じさせるシーンだった。11月23日、マディソン・スクエア・ガーデンで行なわれたポートランド・トレイルブレイザーズ対ニューヨーク・ニックス戦、第4クォーターのことだ。

この日はフィールドゴール7/22と不振だったカーメロ・アンソニーが第4Qにショットを外すと、地元ファンからブーイングが聴こえてきた。一方、直後にクリスタプス・ポルジンギスにボールが渡ると、大歓声が沸き起こったのだった。

2011年2月にデンバー・ナゲッツからトレードで移籍して以降、ニューヨーカーは地元出身のアンソニーを絶えず温かく見守ってきた。しかし、オールスター通算9度出場というスーパースターの立ち位置が少しずつ変わってきているのは事実だろう。

「身長7フィート3インチ(221cm)のサイズとユニークなスキルを兼備した少年によって、劇的な変化がマディソン・スクエア・ガーデンにもたらされている。ニックスはゆっくりと、確実に、ポルジンギスのチームになっている。このフランチャイズにとって不可避で、そして必要な変化だと言っていい」。

16日のデトロイト・ピストンズ戦後、『ニューヨーク・デイリーニューズ』のフランク・アイゾラ記者はそう記していた。この日、ポルジンギスはキャリアハイの35得点をあげ、チームを105-102で勝利に導いていた。

「あれで2年目だっていうんだからクレイジーだ。NBAがどんなものかって本当のところわかってもいないのに、30得点をあげてしまう。末恐ろしいよ」。

同僚のデリック・ローズが目を丸くしていたのをはじめ、皮肉屋揃いのニューヨークでももうポルジンギスの実力を疑う者はいない。現在のNBAで、3ポイントショット成功数とブロックの両方でチーム1位なのはポルジンギスだけ。 今後のニックスは、稀有な才能から“ユニコーン”と称される21歳の大器を中心に動いていくことになるのだろう。

そうなると、32歳を迎えたアンソニーの立場は少々微妙になる。地元では絶大な人気を誇ってきた一方で、アンソニーの周囲ではトレードの噂は絶えず、それは今季も同様だ。

開幕18戦で9勝9敗と現在のニックスは優勝を狙える戦力ではないだけに、ポルジンギスの育成に主眼を置くのも悪くはない。勝負をかけるのは、ポルジンギスがさらに成長し、レブロン・ジェームズ(クリーブランド・キャバリアーズ)が加齢する1~2年後だろう。そんな考え方から、来年2月のトレード期限までに高給取りのアンソニー放出を望む声が徐々に出てくるのは容易に想像できる。

今季も平均22.5得点を残しているだけに、アンソニー獲得を望むコンテンダーは多いに違いない。ローズとの契約(年俸約2100万ドル)が今季で終了し、同時にアンソニーの残り2年で合計約5400万ドルの契約も年俸総額から消えれば、来オフのニックスはよりフレキシブルなチーム作りが可能になる。 だとすれば――?

ただ、深く掘り下げていくと、実際に今季中にアンソニーが放出されるとはやはり考えにくい。その背後には3つの要因がある。

まず第1に、球団社長として3年目を迎えたフィル・ジャクソンが現行チームを簡単に崩すとは思えないことだ。

“救世主”の期待を背負って2014年3月にジャクソンが球団社長に就任後も、ニックスは昨季終了時点で49勝115敗と低迷。結局は3年連続でプレイオフ進出を逃してきた。ファイナル制覇通算11度を誇るジャクソンは、ヘッドコーチとしては伝説的な存在であるものの、エグゼクティブとしての能力を疑う声も出てきている。

迎えた今オフ、ニックスはローズ、ジョアキム・ノア、ブランドン・ジェニングスといった実績ある選手たちを次々と獲得。ジャクソンの球団社長としての評価は、“Win Now”モードに突入して迎えた今季のチームの成否によって測られることになるのだろう。そんな状況下で、契約期間残り2年の“禅マスター”が、数年後を睨んでメインスコアラーを放出するとは思えない。

また第2に、たとえニックス側が放出を模索したとしても、トレード拒否権を持つアンソニーは簡単には移籍を承諾しないだろう。MLBニューヨーク・ヤンキースのデレック・ジーターが引退後、アンソニーはニューヨークでも最高級に知名度の高いアスリートであり続けてきた。宝石箱をひっくり返したようなこの街で活躍することのブランド効果は非常に高い。思うように勝てないことへの不満はあっても、いわゆる“世界の首都”のチームに所属することへのこだわりはアンソニーの中で小さくないはずである。

FAになった2014年夏にも、優勝が狙える位置にいると目されたシカゴ・ブルズへの移籍ではなく、ニックス残留を選んだ。今後もキャバリアーズくらい頂点に近いチームへのトレードを提示されない限り、アンソニーはニューヨークへの忠誠心を貫くのではないだろうか。

そしてもう最後に、現時点ではこれが最も重要なのだが、これまでのところアンソニーとポルジンギスは互いの能力を尊重し、高めあっている感がある。だとすれば、このペアを早急に引き離す必要性は感じられない。

「(ポルジンギスが)コート上でやってのけることには畏敬の念を抱いているよ。彼みたいな才能、スキルを見せられてはファンにならずにはいられない。彼が力を出すようになるには時間がかかると思っていた。しかし、日々素晴らしい仕事をしてくれて、このゲームを速いスピードで学んでいるんだ」。

アンソニーのそんな言葉に嘘はなく、自らの後継者的な立場のポルジンギスの力は認めている様子だ。22日のブレイザーズ戦後には、取材中のメディアをかなり長時間待たせた上で、ポルジンギスとアンソニーが一緒にロッカールームに登場する一幕があった。2人のコメントが欲しいメディアを困らせるための軽いいたずらに違いない。発案者であろうアンソニーの嬉しそうな笑顔を見る限り、後輩とスポットライトをシェアすることに躊躇いがあるようには見えなかった。

一方、21歳とは思えぬほど成熟したポルジンギスも、先輩スコアラーへのリスペクトを盛んに口にしている。

「メロがいなかったら、僕が30点とか28点を取るのは遥かに難しくなる。みんなそれに気づいていないんだ。彼は周囲を引きつけてくれて、相手の注意を集めてくれる。おかげで僕もプレイし易くなっているんだよ」。

本人のそんな言葉通り、35得点をあげた16日のピストンズ戦、31得点をマークした22日のブレイザーズ戦では、アンソニーが作ったスペースをポルジンギスが上手に生かす場面も見受けられた。

また、20日のアトランタ・ホークス戦ではポルジンギスが19得点、カーメロも31得点と揃って大活躍した。“ケミストリー”とまで呼ぶのはまだ早いが、2人の存在が相乗効果を生み出しているのは間違いないだろう。

アンソニー、ローズ、ジェニングスのような攻撃型選手が揃った今季、ポルジンギスのボールタッチが減り、成長が阻害されてしまうのではないかという懸念は少なくなかった。しかし、これまでのところ杞憂に終わっている。

個人能力の高い選手とフロアをシェアすることがポルジンギスにプラスに働くのなら、あえて他のスコアラーを取り除き、早くから重責を背負わせる必要はない。コート内外で先輩に守られながら、大事な金の卵の成長を待つのがベターに違いあるまい。

もっとも、すべてがこのままスムーズに進むとは限らない。23日には、『ニューヨーク・ポスト』が「ポルジンギスはオールスター候補であり、彼こそがフランチャイズプレイヤーであるという証拠を提示している」という見出しの記事を掲載した。さらに『バスケットボール・インサイダー』も、「ニューヨークの顔が(ポルジンギスに)変わり始めている」といったコラムを掲載している。

このように新エースの評判が高まるにつれ、ポルジンギスとアンソニーの関係が徐々に微妙になっていく可能性は否定できない。アイソレーション偏重のアンソニーのプレイスタイルも、徐々に変化を余儀なくされるだろう。ただ、少なくとも現時点で2人の仲はコート内外で良好なのだから、焦って動く必要はない。

今後は不透明な部分も多いが、はっきりしているのは、アンソニーとポルジンギスのプレイ、関係、噛み合いがニックスにとって重要な要素になっていくということだ。

いつかニックスが優勝を狙えるときが来ても、その頃には契約期間残り2年のアンソニーはもうチームにはいないかもしれない。ただ、その存在価値は無視できない。台頭期のポルジンギスの師匠、相棒的な形で後輩に道を開いたとすれば、アンソニーの貢献は貴重だったと振り返られることも考えられる。そういった意味で、たとえチーム内のベストプレイヤーではなくなったとしても、アンソニーが近未来のニックスの大きな鍵を握る選手であることに変わりはないのだろう。

文:杉浦大介  Twitter: @daisukesugiura

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杉浦大介 Daisuke Sugiura

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東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。