指名直後に沸き起こった小さくないブーイング
6月25日(日本時間26日)に行なわれた今年度のNBAドラフトで、全体4位指名権を持っていたニューヨーク・ニックスがクリスタプス・ポルジンギスの指名を発表すると、ブルックリンのバークレイズ・センターに陣取ったニックスファンから小さくないブーイングが沸き起こった。
ラトビア出身のポルジンギスは、身長7フィート2インチ(218cm)、ウィングスパン7フィート6インチ(229cm)の大型センター。身体能力に秀でており、ペリメーターからのシュート力も備えていると評判の大器である。潜在能力では1、3位で指名されたビッグマン、カール=アンソニー・タウンズ(ミネソタ・ティンバーウルブズ)、ジャリル・オカフォー(フィラデルフィア・76ers)にも負けていないという評価も聴こえてくる。
しかし、19歳のポルジンギスは現時点ではあまりにも華奢で、特にディフェンス面で弱点となることは必至。将来性豊かでも、いわゆる“即戦力”ではなく、本格化に数年が必要というのが一般的な見方だった。
ニックスは昨季、17勝65敗というチーム史上最悪の大敗を経験した。昨年3月に球団社長に就任したフィル・ジャクソンの号令一下、今オフからついに勝利に向けた本格的なチーム作りが始まるのだろうとニューヨーカーは希望を抱いていた。そして、今回のドラフトでは、その気になれば即戦力の呼び声高いエマニュエル・ムディエイ(7位デンバー・ナゲッツ)、フランク・カミンスキー(9位シャーロット・ホーネッツ)、ジャスティス・ウィンズロウ(10位マイアミ・ヒート)らを指名できる位置にいた。ところが――。
「あいつのために(ポルジンギスがモノになるまで)あと2~3年待てって言うのか?」。
ドラフト翌日には、エースのカーメロ・アンソニーが身近な人間にそう漏らしたとニューヨーク・デイリーニューズ紙が伝えている。また、ESPNの有名記者、スティーブン・A・スミスもニックスの方向性を酷評している。
ニックスがドラフト全体1位でパトリック・ユーイングを指名した伝説的な1985年のドラフトから、ちょうど30年。それ以降では最上位の指名権を保持していた今ドラフトは、当時と同じく“チーム史の変わり目”になるかと思われた。
しかし、その結果は大方のファンを満足させるものではなかった。ブルックリンに響き渡ったため息とブーイングは、さらなる廻り道を余儀なくされそうなことへのニューヨーカーの不満を体現していたと言っていい。
もっとも、ドラフトの“真の勝者”は数年先まで分からないもので、今回のニックスファンの反応は少々過剰に見えないこともない。特にラトビア人のポルジンギスのプレーを実際に見たアメリカ人は限られているのだから、一部の人々のリアクションはメディアの意見に影響された産物にも思えてくる。
そして、ポルジンギスの指名を決断した当の本人、“禅マスター”は周囲の声もほとんど意に介していないようである。
「ファンは(ポルジンギスを)気に入るはずだ。ドラフト時のリアクションはニューヨークでは予期されていること。彼はとても知的だから、それに気付いている。パウ・ガソル(シカゴ・ブルズ)と共通点が多い選手だ。体型が似ているし、運動量、身体能力も似ている。この若者のシュートレンジはパウより広いかもしれない」。
そう語るジャクソンは、全体4位指名権と交換にベテラン選手を獲得するトレードのオファーがあったことも明かしている。それでも実績ある選手に飛びつくより、ポルジンギスの伸びしろを買ったのだという。
Photo by NBAE/Getty Images
ポルジンギス指名に伴う大きなリスク
比較対象に挙がったガソルとは、2008年途中にジャクソン指揮下のロサンゼルス・レイカーズに加わり、コービー・ブライアントとともに2009、2010年の連覇に貢献したスペイン人ビッグマンだ。ジャクソンがコーチとして通算10、11個目の優勝リングを獲得できたのは、ガソルの働きによるところも大きかった。
今後、新たな希望の星が逞しく成長していったとすれば、コービーにとってのガソルと同じように、ポルジンギスもアンソニーの貴重なパートナーに成り得る。間もなく70歳を迎える“禅マスター”の脳裏に、そんな成功の青写真が描かれていることは想像に難くない。
そもそもジャクソン体制下のニックスの目標は、近い将来にプレーオフに出るだけでなく、1973年以降遠ざかっている優勝を果たすこと。だとすれば、成長にたとえ時間がかかるとしても、長い目で見たときに最も有望と考えた選手を獲得したことが間違いだとは思わない。
ただ、どう正当化しようと、ポルジンギス指名には大きなリスクが伴うことも事実である。ダーコ・ミラチッチ、アンドレア・バルニャー二らの失敗が示す通り、ヨーロッパ出身選手の将来性の見極めは容易ではない。たとえモノになるとしても、想定されている以上の時間が必要になっても不思議はない。
ニックスが1年前に5年1億2400万ドルという大型契約を与えたアンソニーは、現在31歳と若い選手ではない。そして、そのエースが全盛期に近い間にポルジンギスにメドが立つ保証もどこにもない。少なくとも2年目くらいからある程度の働きは望めそうな他のアメリカ人上位指名選手たちと違い、“大失敗”の危険が小さくないギャンブルなのは確かだろう。
ポルジンギスに加え、ワシントン・ウィザーズも絡んだ三角トレードでアトランタ・ホークスから全体19位で指名されたジェリアン・グラントをドラフトで獲得したニックスは、今後はフリーエージェント戦線でも補強を目論むことになる。
約3000万ドルのキャップスペースがあるだけに、噂されている通り、グレッグ・モンロー(デトロイト・ピストンズ)、アーロン・アフラロ(ポートランド・トレイルブレイザーズ)ら実力派との契約は望める。ラマーカス・オルドリッジ(ブレイザーズ)、マーク・ガソル(メンフィス・グリズリーズ)のようなスター級獲得は難しいが、札束攻勢とジャクソンのカリスマ性を考慮すれば、強奪も不可能ではないかもしれない。
しかし、多くが良い方向に運んだとしても、帝王レブロン・ジェイムズが属するクリーブランド・キャバリアーズに対抗するだけのチーム作りは並大抵の難しさではない。いつか“優勝候補”と呼ばれる位置に戻れるとしても、現実的に2~3年以上は先ではないか。そして、さすがのレブロンも徐々に下降線に入るであろう2~3年先とは、一般的にポルジンギスが頭角を表すと考えられている時期でもある。
荒削りなラトビア人をドラフトで高位指名したギャンブルの正否が見えてくるのは、おそらくこの頃になる。そして、この時期までにポルジンギスが目論見通りに伸びていなければ、ニックスのダメージは計り知れない。
「重要なのは、その時々でこのフランチャイズにとって最善を尽くすということ。私たちは身体能力のある選手を必要としていて、あの若者は特筆すべきアスリートだ。それゆえに彼を獲得したんだ」。
「今回の指名が自身の球団社長としてのキャリアを決定づけると思うか」と訊かれたジャクソンは、「そうは思わない」と答えた上で、そんな説明を加えた。
しかし、ニックスは来季のドラフト1巡目指名権は有しておらず、現球団社長の任期中に4位以上の高位を得ることはもうないかもしれない。再来年以降、ケビン・デュラント(オクラホマシティ・サンダー)のようなスター選手がFAマーケットに出てくる保証もない。
だとすれば、実際にポルジンギスの指名こそが、ジャクソンの象徴的な補強策として語られていく可能性も十分にある。名将が期待をかける19歳のラトビア人は、ガソル、ダーク・ノビツキー(ダラス・マーベリックス)のように成功するか、あるいはミラチッチ、バルニャー二のように埋没してしまうか?
“審判の日”が訪れるのはまだかなり先だ。ただ、たとえそうだとしても、2015年6月25日が、ニックスのフランチャイズにとって極めて重要な意味を持つ1日だったことに変わりはない。
“禅マスター”のチーム作りが始まった。砂時計の砂が少しずつ減り始める中、ジャクソンのギャンブルの行方に今後はニューヨーク中の視線が注がれ続けることになる。
文:杉浦大介 Twitter: @daisukesugiura