ケイトリン・クラークのWNBAの年俸はいくら? 多くのリーグをむしばむ「ルーキーサラリースケール」の弊害とは

Mike DeCourcy

石山修二 Shuji Ishiyama

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4月22日の時点で、WNBAインディアナ・フィーバーのシーズン開幕戦の一般販売チケットは残り87枚となっていた。そして今、セカンダリーマーケットでは高額となったチケットが転売されている。この事実だけを見ても、このチームに対する評価が去年と比べて激変したことは明白だろう。

チームのビジネスに直結するのは直売したチケットのみだけだが、本拠地ゲインブリッジ・フィールドハウスの1万7274席のチケットはほぼ完売となっている。

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フィーバーのシーズンチケットの中央値は、1試合あたり53ドル24セント(約8254円/1ドル155円換算。以下同)だ。ニューヨーク・リバティとのシーズン開幕戦においてケイトリン・クラークがロスターに名を連ねている意味は、チームが彼女に支払う7万8000ドル(約1209万円)の何倍にも相当するだろう。

しかもホームゲームは20試合ある。去年の平均観客動員数をもとに考えると、フィーバーのチケット収入は一気に1400万ドル(約21億7000円)ほど跳ね上がる計算となる。

乱暴な計算に思えるかもしれないが、実際そうだ。

それでも、NBAでは全体1位指名の選手の1年目の契約が1050万ドル(約16億2750万円)を手にするので問題には思えない。だが、MLBの全体1位指名選手となると、そこまでの年俸を手にすることはない。NFLの全体1位指名選手もそうだ。MLSのスーパードラフトの1位指名選手の年俸は1万ドル(約155万円)とクラークよりも低い数字になっている。これがプロスポーツの現状だ。

クラークの契約は、リーグのルーキーサラリースケール(新人選手の年俸に上限を設定するルール)によって決められている点で言い訳のしようもない。ルーキーサラリースケールはフィールドの外で臆病なチームオーナーたちが編み出し、プロの世界に足を踏み入れる若手選手たちを虐める儀式のように選手会が受け入れている、アメリカのスポーツの中で最も忌み嫌うべき産物だ。

サラリーキャップはあるがルーキースケールのないリーグであれば、フィーバーに指名されたクラークはおそらくWNBAの契約最高額24万8984ドル(約3859万2520円)はゆうに手にすることになっただろう。彼女が全体1位指名される前のチケットセールスの状況、ドラフト・パーティに集まった観客の数を見れば、フィーバーがその金額を拒絶するとは考えにくい。フィーバーの一員としてトレードマークの『ロゴ3』ショット(コート中央のロゴから決める3ポイントショット)を決める前から、クラークはそれだけの価値がある選手、いやそれ以上の選手と言える。

それにもかかわらず、彼女はWNBAで4年目のシーズンを迎えるまでは彼女の価値に値する契約を手にできないようになっている。

これは極めて不合理な状況と言わざるを得ない。

Caitlin Clark
(NBAE via Getty Images)

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称賛できないルーキースケールの歴史

サラリーキャップ導入後にも、リーグに足を踏み入れるルーキーたちがその実力に応じて契約交渉できる時代はあった。

NBAにとっては素晴らしい時代だった。

NBAでは1990年から1994年の間には、ギャリー・ペイトン(元シアトル・スーパーソニックス)、シャキール・オニール(元オーランド・マジックほか)、ジェイソン・キッド(元ダラス・マーベリックスほか)、グラント・ヒル(元デトロイト・ピストンズほか)といった将来の殿堂入りを嘱望されるスター候補生たちがリーグ入りを果たした。

そして1994年、『ビッグドッグ』ことグレン・ロビンソンがパデュー大で大学バスケ史上に名を残す活躍を見せると、指名したミルウォーキー・バックスに対して1億ドル(当時のレート1ドル=102円換算で約102億円)の契約というとてつもない要求を突きつけた。結局、ロビンソンの契約は10年6800万ドル(約69億3600万円)に落ち着いたものの、チームとリーグはこの事態に恐れをなし、1年後にルーキーサラリースケールを導入したのだった。

ルーキーサラリースケールとは、ルーキーの契約額の標準額を指名順に基づいて定めたもの。NBAでは、選手はこの標準額の80%〜120%の間の金額で契約することとなる。昨年の例を取れば、ドラフト全体1位指名の標準額は約1000万ドル(約15億5000万円)となっており、ビクター・ウェンバンヤマ(サンアントニオ・スパーズ)の1年目の年俸はその120%相当の約1200万ドル(約18億6000万円)と推定されている。

だが、これがリーグの育成プロセスには大きな災難となった。ドラフトで上位指名を受けて、『ビッグドッグ』のような大型契約を手にするというインセンティブがなくなり、全体1位指名でも10位指名でも手にする額に大した差はなくなってしまった。.

ルーキースケール導入前の5年間では、トップ5に指名された選手25人のうち16人が最低1回オールスターに選出されており、15人は通算800試合以上に出場、18人が通算1万得点を達成していた。ルーキースケール導入後の2000年から2004年の5年間で見るとオールスター選出は10人、800試合出場は12人、1万得点達成は11人とすべての数字が下降している。

1990~1994年のドラフト指名トップ5の中で一番活躍できなかった選手はビリー・オーウェンス(元ゴールデンステイト・ウォリアーズほか)だろう。彼は通算600試合に出場し、7206得点を獲得している。2000年からの5年間に選ばれたトップ5の25人でこの数字に満たない選手は8人いる。

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それでもルーキーの契約を制限するアイディアは他のリーグにも魅力的に映ったようだ。NFLは2011年にルーキースケールを導入し、クォーターバックをルーキーで獲得することがスーパーボウルを目指すチームづくりに有利に働く時代へと突入した。

WNBAはその中でも一番問題を抱えているように見える。なぜなら、ルーキーたちの契約額を人気スポーツ選手が手にするような契約よりもずっと低い額に押さえ込んでいるからだ。キャンディス・パーカー(現シカゴ・スパーク)が2008年にWNBAロサンゼルス・スパークに加入したとき、チームは前年比7倍のチケットセールスを記録したにもかかわらず、彼女の年俸はわずか4万4000ドル(当時のレート1ドル=104円換算で約460万円)だった。

当時のパーカーも、そして20年近くが経過した現在のクラークも、自分たちの価値に応じた契約を交渉することすら許されていない。

誰もサラリーキャップには反対していない

ルーキースケールとチームのサラリーキャップ(年俸上限)の間には大きな違いがある。サラリーキャップは収益と連動しており、チームとリーグが挙げた収入のうちの相当の割合を選手が受け取れるようにしているものだ。

また、サラリーキャップがあることによって、MLBやイングランドのプレミアリーグのように、資金力のあるオーナー、大きなマーケット収入のあるチームが大枚を叩いて選手をかき集めて勝利するのではなく、選手のタレントを正しく評価し、集め、チームとして作り上げることで競い合う状況を生み出している。

これに対し、ルーキースケールはリーグに入ってこようとする若い選手たちが適切な年俸交渉を行う機会を奪っているにすぎない。

弁護士のDJ・ロウはデューク大の法学部の学生時代の2016年、 "Sports Lawyers Journal" に『NBAのルーキーサラリースケールを廃止するべきときだ』(It’s Time to Retire the NBA’s Rookie Salary Scale)とする論文を寄稿した。彼の主張は、若手選手たちが真の価値よりも低い年俸しか支払われていないというもので、2014年NBAファイナルMVPに輝いたカワイ・レナード(当時サンアントニオ・スパーズ、現ロサンゼルス・クリッパーズ)が3年目の選手だったために190万ドル(当時のレート1ドル~102円換算で約1億9000万円)しか支払われていないことを例に取り、それ以前の20年間のNBAファイナルMVPの平均年俸が1480万ドル(約15億円)だったことと比較してみせた。

彼は『勝利への貢献度』と称したスタッツを用いて集計、キャリア初期、特にルーキースケールの制限を受ける2年目、3年目の選手たちがコートで残している価値に対し、半分程度の報酬しか手にしていないと示した。

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クラークがフィーバーにとってどんな選手となるのかは誰にもまだ分からない。ただ、過去4年間で勝率が23%、3シーズンは二桁勝利すら挙げられていないチームが、クラークを加えてそれ以下のチームになることはないだろう。

フィーバーが1位指名権を獲得したというニュース、クラークがCOVID-19(新型コロナウイルス)の影響から与えられた追加1年のNCAAでのプレイ資格を放棄したこと、そしてインディアナが全体1位指名でクラークを指名するまでのプロセス、これらが生み出した熱狂的な反応を続けていくためなら、フィーバーがクラークに対して許される限りの年俸を支払うことは容易に想像できる。

ただ、ルーキースケールサラリーはそれすら許さない。

クラークの年俸額を耳にして腑に落ちないと感じるなら、まずはここから手を付けるべきだ。

※この記事はスポーティングニュース国際版の記事を翻訳し、日本向けに一部編集を加えたものとなります。翻訳・編集:石山修二

Mike DeCourcy

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Mike DeCourcy has been the college basketball columnist at The Sporting News since 1995. Starting with newspapers in Pittsburgh, Memphis and Cincinnati, he has written about the game for 35 years and covered 32 Final Fours. He is a member of the United States Basketball Writers Hall of Fame and is a studio analyst at the Big Ten Network and NCAA Tournament Bracket analyst for Fox Sports. He also writes frequently for TSN about soccer and the NFL. Mike was born in Pittsburgh, raised there during the City of Champions decade and graduated from Point Park University.

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スポーティングニュース日本版アシスタントエディター