[杉浦大介コラム第5回]コービー・ブライアント「選手としての価値を上げるには優勝しかない」

杉浦大介 Daisuke Sugiura

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1月24日(金)のニックス対ボブキャッツ戦は、ニューヨークのバスケットボール史に刻まれる歴史的な一戦となった。この試合でニックスのカーメロ・アンソニーが62得点をあげ、マディソン・スクエア・ガーデン(MSG)での最多得点記録を更新。今季は開幕からフラストレーションを溜め込んでいたニックスファンも歓喜し、MSGは久々に素晴らしい雰囲気に包まれた。その2日後、レイカーズがニックス戦のためにニューヨークを来訪。カーメロに破られるまでのMSG最多得点記録保持者(2009年2月2日に61得点)だったコービー・ブライアントが、試合前の取材に応じた。

カーメロと親しい友人であり、良き理解者でもあるコービーは、新たな記録をどう捉えたか。そして今季終了後に契約をオプトアウトしてフリーエージェント(FA)となることが濃厚なカーメロの今後を、先輩スーパースターはどう考えているのか。


歴史的なアリーナという意味では、ここが残された最後の場所だろう

——カーメロが62得点をあげたことをどうやって知った?

コービー・ブライアント(以下KB):メロが僕の記録に迫っているというメッセージをたくさん受け取って、知らされたよ(笑)。凄かったね。彼はやるべきことをやった。絶好調で、その調子を保ち続けたんだ。

——自身の記録を破られたことについては?

KB:僕がもっと負けず嫌いだったら、メロのほうがMSGでプレーするチャンスが多いと答えるだろう。ただ僕はそういう性格じゃないから、言わないけど(本人は真顔。周囲は笑い)。

——カーメロとは話した?

KB:試合後の夜に電話で祝福した。ただその一方で、今日(26日)は調子が落ちるだろうとも伝えた。「最高の日を過ごしたばかりだから、フィールドゴール2/40とか、そのくらいでも良いんじゃないか」とね。

――61点をあげた2009年2月2日のゲームについて覚えていることは?

KB:あの試合では僕自身がとても冷静だったのを覚えている。すべてが平穏に思えたんだ。普段はMSGに来ると、周囲を見渡して、誰が観に来ているか気になったり、すべてを満喫しようとする。ただあの夜に関して言えば、最大限に集中できて、他のことは何も頭に入らなかった。

――MSGという場所での記録には余計に価値があると思う?

KB:それはもちろんだよ。ここはバスケットボールのメッカだからね。多くの歴史が詰まっている。歴史的なアリーナという意味では、ここが残された最後の場所だろう。

——君はこれまでもカーメロをサポートする発言が多かったけど、他の偉大な選手たちと比べて彼をどう評価する?

KB:他の偉大なプレイヤーたちと同じように、彼も凄い選手だ。(NBAでも)一握りの選手だよ。(チームとしての成功が)周囲の選手たちの能力やチームのカルチャーに左右されてしまうのは、カーメロのようなスター選手にとってつらいことだ。過去には、ドミニク・ウィルキンスやバーナード・キングもそうだったよね。そういう状況になると多くのフラストレーションを抱え込んでしまうもの。おかげで僕も2006~2007年頃にはレイカーズにフラストレーションを感じていた。単なるスコアラーだとは思われたくなかったから、優勝を争えるだけのメンバーを僕の周囲に揃えて欲しかった。(バスケットボールは)チームスポーツだ。選手は自分のチームメートとプレーする以外に選択肢はない。素晴らしい選手たちを揃え、成功できるチームを作ってくれるオーガニゼーションに恵まれるというのは幸運なことなんだ。

――“単なるスコアラー”以上として認められるために必要なこととは?

KB:選手としての価値を上げるには優勝しかない。それ以外ないよ。僕は5回優勝しているけれど、それでも一部のメディアからまだ(スコアラーだと)言われてしまう。重要なのは勝つことで、ただ結果を出すしかない。とにかく勝利をものにしないといけない。マイケル(ジョーダン)だってそうだった。トップスコアラーがそれ以上の存在として認められるには、優勝しかないんだ。

自分はいろいろな選手と衝突してきたけれど、時には誰かを傷つけてでも言わないといけないときがある

――「カーメロが来季はロサンゼルスでプレーすることに興味を持っている」という噂について思ったことは?

KB:誰だってロサンゼルスでプレーしたいと思うはずだよ。もちろんニューヨークも素晴らしい街だ。ただ、悪く思わないで欲しいけど、あまりにも寒すぎる(笑)。ヤシの木があって、ビーチがあるほうがもっと魅力的なんじゃないかな。冗談はさておき、選手は重要な決断を下すときに、家族のことを第一に考えて決断しないといけない。僕自身は(カーメロの移籍問題は)考えすぎないようにしているんだ。後に彼が友人の1人として僕にアドバイスを求めてきたら、喜んで答えるつもりだけどね。

――優勝という目的のために移籍を決断するのは、スーパースターと呼ばれる選手にとって難しいことなのかな?

KB:レブロン・ジェイムスだってそうして、彼は上手く行っているようじゃないか。優勝できれば最高だと言われる。しかし次のシーズンが始まれば忘れられてしまう。次のシーズンに優勝を逃せば、選手としての価値は下がる。これがこの世界の流れだよ。良いことも、悪いことも受け入れないといけない。

――3連覇を飾ったあと、7年間にわたって優勝できなかった期間があった君から見て、勝てない日々が続いていることはカーメロの重荷になっていると思う?

KB:選手としての心理で言えば、自分がコントロールできないことでフラストレーションを溜めたくはないものだ。チームにとって大事なのは、自分たちのチーム力を理解すること。優勝する力がないチームのままで良いとは絶対に思ってはいけない。自分はそんな風には思わなかった。だからこそ自分はいろいろな選手と衝突してきたけれど、時には誰かを傷つけてでも言わないといけないときがある。長い目で見たとき、必ず報われると信じてね。それができる人間なら、多くの場合、良い方向に進んでいくものなんだ。

※以上、すべて囲み取材の一問一答


左膝の頸骨骨折で離脱中のコービーだが、注目度の高さは健在である。この日の試合前にも大勢のニューヨークメディアが35歳になった“ブラック・マンバ”を取り囲み、インタビュー中はMSGの通路がほとんど通行止め状態になった。

コービーの取材対応のうまさも変わっていない。適度にユーモアも交えて記者たちをリラックスさせながら、物事の核心を的確な言葉で突いていく。形式的で凡庸なやり取りではなく、リアルな切れ味が彼の言葉にはある。

筆者もコービーと一度だけ1対1でのインタビューを行なったことがあるが、その際もテンポの良い答えを次々と返してくれたために、自分が実際よりも良いインタビュアーになったように感じたものだ。

そう錯覚してきた記者は、恐らくは世界中に山ほどいるはず。様々な経験に裏打ちされた取材対象としての魅力だけは、レブロンもケビン・デュラントも依然としてコービーには敵わない。

ウェスタン・カンファレンスに属するレイカーズの選手だけに、本人も“特別”だと認めるMSGへの来訪は毎年1度きり。生き馬の目を抜くようなニューヨークメディアにも軽妙に対応するコービーの姿を、これから先にあと何回見ることができるのだろうか。

杉浦大介 Daisuke Sugiura

杉浦大介 Daisuke Sugiura Photo

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。