[杉浦大介コラム第28回] ポール・ピアース――ウィザーズの"最後のピース"として

杉浦大介 Daisuke Sugiura

[杉浦大介コラム第28回] ポール・ピアース――ウィザーズの"最後のピース"として image

今夏中には多くの選手が所属チームを変えたが、なかでも何の前触れもなかったという意味で、ファン、関係者を最も驚かせたのは、ポール・ピアースワシントン・ウィザーズに移籍したことだった。

一昨年までボストン・セルティックス一筋で15年をプレーした大ベテランは、昨オフにブルックリン・ネッツにトレードされて一時代を終えた。その後は一緒にトレードされた盟友ケビン・ガーネットとともに、ネッツでそのキャリアを終えるかと思われた。また、さらなる移籍があるとすれば、古巣セルティックスへの復帰か、恩師ドク・リバースに率いられた故郷ロサンゼルスに居を構えるクリッパーズ行きではないかとも予想された。しかし、ピアースが向かったのは、一見すると何のゆかりもないウィザーズだった。

経費削減モードに入ったネッツ、ミッドレベル例外条項を使ってスペンサー・ホーズを加えたクリッパーズにはキャップスペースがなく、他のオプションを探るより仕方なかったという事情もあったのだろう。

ただ、たとえそうだとしても、23歳のジョン・ウォール、21歳のブラッドリー・ビールという若手デュオが中心となったウィザーズは、近年ベテラン揃いのチームでプレーしてきたピアースには不似合いに思えた。

「(ピアースが)ウィザーズのユニフォームを着ているのは奇妙に感じるね。去年プレーオフに出たウィザーズに若い選手が育っているのを見て、優勝経験のある自分が貢献できると感じたのだろう。健康を保つ限り、今後もSFとして重要な存在になるはずだ」。

セルティックス時代のチームメイトで、現在はMSG放送の解説者を務めるウォーリー・ザービアックはそう語る。

シーズン平均20得点以上を8度、オールスター出場9度、ファイナル制覇&MVPと、個人としてはもう十分と言えるほどのものをすでに手にしてきた。だが、10月で37歳になったピアースは、昨季、平均28分の出場で13.5得点、4.6リバウンド、2.4アシストとキャリア最低レベルの数字に終わるなど、“引退”の二文字もちらつき始めている。

そんななか、ザービアックの言葉通り、キャリアのこの時点で若手のメンター(師匠)役を務める気になったのだとすれば、実に興味深いキャリアの選択である。

ウィザーズは昨プレーオフでイースタン・カンファレンス・セミファイナルまで進んだ伸び盛りのチーム。現実的に今季中のファイナル制覇は難しくとも、クリーブランド・キャバリアーズシカゴ・ブルズに次ぐ第3の存在に成り得ると評判が高い。

そんなチームにとって、海千山千のベテランは願ってもない“最後のピース”に違いない。そして、上昇気流に乗ったウィザーズでなら、ピアースがプレーオフの時期に持ち前の勝負強さを発揮するチャンスもあるはずだ。

「このチームには多くのタレントが揃っているけど、去年は1つ欠けていたものがあった。ゲームの終盤にボールを託せる経験豊富な選手がいなかった。でも今、僕たちはその選手を手にしたんだ」。

センターのマーチン・ゴータットはそう語る。

実際に現地11月4日のニューヨーク・ニックス戦でも、ピアースは後半だけで10得点をあげ(合計17得点)、98−83での逆転勝利の立役者になった。ディフェンス面ではカーメロ・アンソニー(この日はフィールドゴール8/23で18得点)に自由を許さず、巧さを改めて印象づけた。そして、インターバルの際には、盛んにウォールやオット・ポーターに声をかける姿も目についた。

「ハーフタイム、タイムアウトのときなどに、(若い選手たちに)やるべきことを話すようにしている。攻め急いだり、プランを上手く遂行できていないときに、僕やアンドレ(ミラー)、ドリュー・グッデンのようなベテランが落ち着きをもたらすことができる。このチームのバランスは素晴らしいと思うよ」。

そう語る現在のピアースは、かつてのように得点力でチームを支えることはもう難しいのかもしれない。ウィザーズとの2年1080万ドルの契約中に、オールスターの出場回数を増やすことも考えにくい。それでも、対話を繰り返す中で、ほとんど10以上も歳の離れた選手たちの向上を助けることはできる。成長途上のチームを、次の段階に導く“勝利の使者”になることはできるのだ。

 ピアースはすでに、これから先に何が起ころうとセルティックスを代表するスーパースターとしてボストンで語り継がれていく選手になった。そして、今後もし、新天地で若手たちの師匠役としてチームを成功に導くことができれば、その名はワシントンD.C.でも功労者として長く記憶されていくに違いない。

文:杉浦大介  Twitter: @daisukesugiura

杉浦大介 Daisuke Sugiura

杉浦大介 Daisuke Sugiura Photo

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。