[杉浦大介コラム第26回]急転直下でネッツ新HCに就任したL・ホリンズの"コーチ業”へのこだわり

杉浦大介 Daisuke Sugiura

[杉浦大介コラム第26回]急転直下でネッツ新HCに就任したL・ホリンズの"コーチ業”へのこだわり image

ジェイソン・キッド前HCの予想外の形でのミルウォーキー・バックスへの移籍が決まった後、ブルックリン・ネッツはメンフィス・グリズリーズの元HC、ライオネル・ホリンズの指揮官就任を発表した。

ホリンズはグリズリーズを率いた5年間で通算214勝201敗の成績を残し、特に2013年は低予算チームをウェスタン・カンファレンス・ファイナルまで導いた立役者だ。前任のキッドと比べるとネームバリューでは劣るが、ディフェンス指導には定評がある。ブルックリン移転後の2年で目標のファイナル進出を果たせなかったネッツに、守備意識の注入という重要な仕事を担うことになる。

このホリンズのお披露目会見がバークレイズ・センターで催されたのは、7月7日の朝のこと。60歳の新指揮官は、華やかな雰囲気に少々戸惑いを見せながらも、就任の経緯、新天地での意気込み、さらにはポール・ピアース、ケビン・ガーネット、デロン・ウィリアムスといった主力選手への想いなどを静かに語り続けた。


コーチという仕事以外に、この組織内のどんな仕事もやりたくない

――就任決定からこれまでの経緯を

ライオネル・ホリンズ(以下LH):(コーチ就任が)決まった翌日はとても慌ただしかった。極めて忙しく、閉口させられたくらいだ。テキストメッセージと留守録メッセージを、折り返せないくらい大量に受け取った。朝6時半に起きたら、13通のテキストが届いていた。その後に35、60、85通と増えて、ついには150通に達した。返信をしようとしたが、返すとその人はテキストのやり取りで会話をしようとする。さらには電話まで鳴り始めた。君たちのうちの何人が私の携帯電話の番号を知っているかは分からないが、番号を変えることになるだろうな(笑)。ただ、それほど多くの人々に気にかけてもらったことを嬉しく思う。

――ネッツのロスターはまだ定まっていないが、どんなスタイルでやっていきたいかというアイデアはある?

LH:このチームには得点力のあるベテランと、成長中の若手が揃っている。これから映像を見て考えていきたいが、メンフィス時代より少し早いペースでのプレーを心がけることになると思う。ただ、コートを駆け廻り、ジャンプシュートを打ちまくるスタイルを導入したいという意味ではない。アグレッシブに攻めたいということだ。そして、ディフェンス面、精神面でもタフなチームを作っていきたい。シーズン82試合、さらにはプレーオフを勝ち抜くにはタフネスが必要だからね。

――ネッツでどんな仕事をしていきたい?

LH:自分の仕事ができるというのは嬉しいことだ。私はバスケットボールのコーチであり、やりたいのはそれだけ。ビリー・キングGMの仕事をこなしたいとは思わない。自分が雇われたコーチという仕事以外に、この組織内のどんな仕事もやりたくない。私は手のかからないタイプの人間だ。このアリーナに来るとき、(入り口付近の液晶ビジョンに)自分の写真が掲げられているのを見て恥ずかしく感じたくらいだ。「冗談だろ」って思ったよ(笑)。私はただのコーチにすぎないのにね。(オーナーの)ミハイル・プロホロフは勝利のために投資を惜しまない人物だから、私たちには勝つチャンスがあるだろう。ニューヨークというマーケットには勝ちたいと思う選手が集まってくるはずで、それも重要なことだ。すべてを考えて、(ネッツのコーチという仕事は)とてもエキサイティングな機会だ。楽しみにしているよ。

――レイカーズの新HCの就任の話もあったが?

LH:2週間前には(ネッツHCの職は)空きがなく、私はレイカーズの決断を待っていた。ただ、彼らは私を選ばず、ビリー(キングGM)は私を雇う決断を下してくれた。今、私はここにいて、エキサイトしている。前に進む準備はできているよ。

――2013年までグリズリーズのHCを務めて以来のコーチ業を、大都会のニューヨークで務めていくことになるが

LH: (グリズリーズから再契約をオファーされなかったことは)残念だったが、その経験が私を変えたわけではない。「ニューヨークという大都市でどうやっていくつもりか?」と聞かれるが、ただ自分らしくいるだけだよ。君たちメディアが、私を好ましく思わない日もあるだろう。誰もがそれぞれの意見を持っているもので、私がどうするべきかといろいろな人が口を挟むと思うが、耳を傾けるつもりはない。メンフィスのメディアにも、「決断を下すのは私の仕事なんだ」とよく伝えたものだった。

――2013年にグリズリーズをウェスタン・カンファレンス・ファイナルまで導きながら、契約が更新されなかった経験をどう振り返る?

LH:コーチとしての能力が原因ではなかっただけに、辛い出来事だった。引き金を引いた者たちは、他のコーチを起用したがっていたということ。私をよく知っている人々は、(退陣の際に)私について言われたことが真実でないと分かっていたはずだ。人間は厳しくなるし、優しくもなれる。それは誰でも同じで、私は例外だなどと言うつもりはない。ただ、責任者だった人間(当時のCEO、ジェイソン・レビーン)も今春に解雇されたことが、何かを物語っているのだろう。

――昨季のネッツを外から見て、どんな印象を抱いていた?

LH:中盤戦からはピアースをPF、ガーネットをセンターで使い、スモールボールが主体だったね。成功を収めてはいたが、KGとウィリアムスのケガもあり、なかなか万全の状態でプレーできていない印象も受けた。これからKGと話し、ウィリアムス、ジョー・ジョンソン、ブルック・ロペスといった選手たちとも今後について話し合っていきたい。ただ、フリーエージェントのピアースに連絡するのは、まずはビリーに任せようと思う。

――ガーネット、ピアースにはどんな声をかける?

LH:(今後に関しては)私ではなく、彼らがどうやっていきたいのか、どんな状態なのかが重要だ。一緒にやっていくためには話し合い、力を合わせる必要があるが、まずは彼らがどう考えているかを知らなければならない。

――カギを握るウィリアムスについて思うことは?

LH:去年の彼をしっかりと見ていたわけではないが、多くの故障を抱えていたようだった。健康と、そして自信を取り戻すことが大事だ。コート上で力を発揮するためには、まずは良いコンディションを保たなければいけない。体調が整わなければ最高のプレーはできない。私が気にかけているのはその部分だ。


振って湧いたようなキッド前HCの移籍劇には、今だに釈然としない部分も多い。ベテラン揃いのネッツと比べ、小規模マーケットに本拠地を置き、昨季わずか15勝に終わり、再建真っ直中のバックスは必ずしも魅力的な職場には思えない。

キッドがそのチームに新天地を求めた理由は? 報道通り、人事権も欲しがったためか。より高額報酬を望んだからか。あるいは、さらに深いネッツ・フロントとの対立があったのか。

真相はどうあれ、ブルックリンにおける波乱のキッド政権は1年で終焉した。後任に決まったホリンズは、現役時代の実績に特筆するものはなく、長い下積みを経てHCの座に辿り着き、戦術的にはディフェンスを基調に打ち出し……と様々な意味で、キッドとは正反対のコーチである。

「私はバスケットボールのコーチであり、やりたいのはそれだけ。ビリー・キングGMの仕事をこなしたいとは思わない」。

キッド騒動を意識したとしか思えないそんな発言は、メディアを少々驚かせたが、それ以外は評判通りの落ち着いた受け答えに終始した。

選手からも受けの良い人物だけに、ウィリアムス、ガーネットらとの相性は良さそう。昨季は対戦相手のフィールドゴール成功率リーグ17位と守備に難があったチームに、ホリンズは適したコーチとの見方も強い。

ただ、慣れない大都市で初めて指揮を執ることになるだけに、未知数の部分も多いのは確かだ。会見での言葉通り、厄介なメディアを意に介さずに仕事に集中できるか。せっかちなプロホロフ・オーナーのプレッシャーの下で力を発揮できるか。ニューヨークのような場所では、戦術指導力以外の力も必要になってくる。

キッドは、周囲の批判を気に留めない強烈な意思の強さを持っていた。キャラクター的にキッドとは対照的なホリンズも、前任者と同じく、常に“断固たる決意”を示していけるかが、ブルックリンでの成功のカギを握る気がしてならない。

文:杉浦大介  Twitter: @daisukesugiura

杉浦大介 Daisuke Sugiura

杉浦大介 Daisuke Sugiura Photo

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。