[杉浦大介コラム第24回]“人生最大の決断”を下すカーメロ・アンソニー

杉浦大介 Daisuke Sugiura

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こんな質問を耳にしたことがある人も多いのではないだろうか。

「世界が滅んで、船に乗るとして、自分以外に動物を一匹だけ連れていけるとしたら、馬、孔雀、虎、羊のどれを選ぶ?」

その人間にとって最も重要なものを推し量る心理テストであり、馬は仕事、孔雀はお金、虎はプライド、羊は愛情を表しているという。このテストと同じように、今オフにどういった進路を選択するかによって、カーメロ・アンソニーの現在のプライオリティもわかりやすい形で見えてくるように思う。

6月22日、カーメロがニューヨーク・ニックスとの来季年俸2330万ドル(約23億7000万円)の契約を破棄し、FAになることを選択したと米メディアが一斉に報じた。これにより、7月1日には全チームとの交渉が可能になる。新たな契約は4〜5年の長さになる可能性が高く、現在30歳のカーメロにとって、オールスターレベルの選手としてはこれが最後のFAによる職場選びになるかもしれない。

カーメロのプライオリティが金銭であれば、ニックスと再契約するのが最善であることは間違いない。古巣に残留した場合のマックス契約は5年1億2900万ドル(約131億6000万円)。たとえ、より安価の契約を受け入れたとしても、移籍した場合のマックス4年9600万ドル(約97億9000万円)よりも多くの金額を受け取れるだろう。

また、2011年にニックス移籍以降、ニューヨークのプリンス的な存在となったカーメロにとって、現在のステイタスを保つことも魅力的なはずだ。ニックスにいれば、向こう数年は絶対的なエースとして君臨でき、オールスターへの出場はもちろん、再び得点王を獲得するチャンスもある。さらには、女優である夫人のララ・バスケスとともに、今後も“マンハッタンのビッグ・カップル”であり続けることもできる。

ただ――。現在のカーメロにとって、最も大事なものが“勝利”だった場合はどうなるだろう?

「残留したいけど、その一方で僕は勝ちたいんだ。次の契約期間中に優勝争いができるのであれば、僕はニューヨークで何でもやる覚悟はあるよ」。

今年4月に語っていたカーメロのそんな想いに反し、ニックスは近い将来の視界が良好とは言えない。昨季カーメロは平均27.4得点を記録したにもかかわらず、チームは37勝45敗と惨敗を喫した。新たにフィル・ジャクソンを球団社長に迎えたものの、今オフはキャップスペースとドラフト指名権を保有しておらず、大がかりな補強は望み薄。再建に向けて、茨の道が待ち受けている。

そんな厳しい状態にあるニックスに見切りを付ける決断を下せば、勝利の可能性はより膨らむというのが、一般的な見方である。

一部で噂になっているシカゴ・ブルズへの移籍がまとまれば、カーメロは尊敬するトム・ティボドーHCの下でプレーすることができる。デリック・ローズ、ジョアキム・ノアとの強力トリオが結成され、新生ブルズは正真正銘の優勝候補としてマークされるようになるだろう。

そのほか、移籍先候補として名前があがっているのはヒューストン・ロケッツ、ダラス・マーベリックス、ロサンゼルス・レイカーズ、マイアミ・ヒートなど。報道によると、同じく契約をオプトアウトしてFAになるレブロン・ジェイムスとカーメロをセットで狙っているチームもあるという。

その中のどこかと契約すれば、給料は減り、チーム内での役割もレブロン、ローズといった選手たちに次ぐ2番手になりかねない。しかし、その見返りとして、念願の優勝リングを手にするチャンスはより大きくなる。

そんな微妙な状況下で迎える今夏のFA戦線に、人々の興味は日を追うごとに増している。

ニックスに移籍してきた直後のカーメロは、チームの勝利にこだわるよりも、ブロードウェイの華やかさのほうに魅せられているかのようにも見えた。しかし昨季中は、勝てないチームへの苛立ちをロッカールームでも隠さないようになっていた。多くのスター選手は、自身のキャリアの後半には個人の勲章よりも勝利を望み始めるもので、カーメロもまたその位置に差し掛かっているのかもしれない。だとすれば……。

今夏のニューヨークで最大のミステリーの答えは、まもなく見えてくる。最終的にカーメロが選ぶのは、お金とスターとしてのステイタスか、それとも勝利の可能性か。30歳のスコアラーにとって“人生最大の決断”は、NBAの勢力地図にも少なからずの影響を与えることになりそうだ。

文:杉浦大介  Twitter: @daisukesugiura

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東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。