今思い返しても、少々風変わりな入団記者会見だった。現地2013年7月18日、ブルックリン・ネッツがトレードで獲得したポール・ピアース、ケビン・ガーネットのウェルカム・セレモニーは、普段はコートが敷かれるバークレイズ・センターのメインフロアで行なわれる盛大なものだった。チーム側が総力を挙げて準備したイベントは、選手の入団会見としては史上最大規模のものだっただろう。しかし、この日の主役であるはずのピアースは、どう見ても幸福そうではなかった。
「ボストンでキャリアを終えたかったのは事実だけど、現代は選手が一つのチームに所属し続ける時代ではないのだろう」。
「これはビジネスだし、ある時期において先に進まなければならない」。
「今季中にボストンでセルティックスと対戦するゲームのことはもう何千回と考えたけど、想像するたびに涙を拭わずにはいられないんだ」……etc。
口をついて出たのは、15年を過ごしたセルティックスへの強烈な未練を感じさせる言葉ばかり。「僕はブルックリンで新しいレガシーを築くためにここに来たんだ」という発言もあったものの、実際には心底からそこにいたいと思っている選手には見えなかった。
しかし――。
あれから長い時間が流れ、トロント・ラプターズと対戦した今春のプレーオフ1回戦、ピアースは第1戦では終盤に貴重なショットを決め、第7戦の最後には、カイル・ローリーのショットを見事にブロックした。シリーズ平均13.4得点という数字に特筆すべきものはなくとも、ピアースの存在なしにネッツの4勝3敗でのセミファイナル進出はあり得なかったはずだ。
ネッツへのトレードが本意だったはずがないし、今でも内心ではボストンでの日々を懐かしく思っているに違いない。それでもピアースは仕事に集中し、ブルックリンでも不可欠の存在になった。
そのプロ意識の高さに感心するとともに、こんな考えも筆者の頭をよぎる。愛着のある場所から移籍を余儀なくされるなら、ピアースには今季のネッツのような環境が絶対的に必要だったのだ。
必ずしも身体能力に恵まれたタイプではないピアースが、これだけ長く第一線でいられたのは、屈指の伝統チームであるセルティックスのエースとしての誇りに支えられていた部分が大きかったように思う。そんなプライドゆえに、大舞台では誰よりも輝いた。そして、その選手がボストンを離れるとすれば、行き先は勝負師としての誇りを保てるチームでなければならなかった。
デロン・ウィリアムス、ジョー・ジョンソン、ケビン・ガーネット、アンドレイ・キリレンコといった、実績のあるベテラン揃いのネッツでなら、まさに今プレーオフ1回戦の第1戦、第7戦のような緊迫した瞬間に立ち会える。その先で、これまでライバルと認めてきたプレイヤーとも対戦できる。最終的にブルックリンへの移籍を決めたのは、ピアースがそう信じることができたからだろう。
「最高の選手たちと対峙できる瞬間をいつも楽しみにしている。これまでもレブロン・ジェイムス、コービー・ブライアント、ビンス・カーター、トレイシー・マグレイディーといった世代最高のスウィングマンたちとの対戦を常に望んできたんだ」。
こんなセリフも、ピアースが発したものなら納得できる。そして、その願い通り、プレーオフ・カンファレンス・セミファイナルで、セルティックス時代から何度もしのぎを削ってきた現役最強プレイヤーと大舞台で再び激突することになった。
全米の注目を集めたセミファイナル第1戦で、ネッツは86-107でマイアミ・ヒートに大敗を喫した。
三連覇を狙うヒートは、やはり総合力でネッツよりも上。特に、怪物レブロンは今まさに全盛期にあり、今季は自己最低の平均得点に終わったピアースがもう太刀打ちできる相手ではないのかもしれない。
ただ、それでも筆者は、ピアースとネッツがこのまま簡単に引き下がるとは思わない。セルティックス時代にも、何度も思い知らされてきた。
伝説的な2008年のイースタン・カンファレンス・セミファイナル第7戦。レブロンが45得点と大爆発した一戦で、その怪物に負けじと41得点を稼ぎ、セルティックスに薄氷の勝利をもたらし、その後にフランチャイズ史上18度目の優勝にまで導いた勇姿は今でも忘れられない。
元ESPN.comのクリス・シェリダン記者がかつて、「サムライのよう」と呼んだスコアラーは、追い詰められるほど力を発揮する選手だった。そして、そのピアースは新天地に移ってまで打倒レブロンに照準を合わせてきた。そんなプロセスを思い返せば、セミファイナルが長期戦になることは依然として必然の流れに思えてくるのである。
文:杉浦大介 Twitter: @daisukesugiura