[杉浦大介コラム第1回]1億ドル軍団ネッツが迎える“必勝のシーズン”

杉浦大介 Daisuke Sugiura

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米スポーツ界では「マスト・ウィン・ゲーム」(絶対に勝たなければいけない試合)という言葉がよく使われるが、ネッツの2012-13シーズンには「マスト・ウィン・シーズン」という表現がぴったりくるのではないか。

「もしもネッツが(オーナー就任から)5年以内に優勝できなかったら、私は罰として結婚するつもりだ。そういったわけで、自分以上に勝ちたいと思っている人間はいないよ」。

就任直後からジョーク混じりにそう公言し続けるロシア人オーナーのミハイル・プロホロフ氏は、4年目となる今季を前に大補強を敢行した。

合計9選手(+ドラフト1巡目指名権3つ)が絡んだ特大ブロックバスタートレードで、セルティックスからケビン・ガーネット(KG)、ポール・ピアース、ジェイソン・テリーといったビッグネームを獲得。さらに貴重なオールラウンドプレイヤーのアンドレイ・キリレンコとも契約した。

もともとチームに属していたデロン・ウィリアムス、ジョー・ジョンソン、ブルック・ロペスと併せ、ブルックリンにリーグ最高級のパワーハウスが誕生したのである。

「バスケットボールの神はネッツに向かって微笑んでいます」。

KG、ピアースらのトレードが本決まりになった直後、プロホロフはそんな声明を発表した。もちろんこれだけのスターたちが神によってブルックリンに産み落とされたわけではなく、獲得に費やされた金額もハンパではない。

年俸総額は1億200万ドル(約100億円)、贅沢税は8700万ドル(約87億円)。これほどのスター軍団が話題を呼ばないはずもなく、特に地元ブルックリンでは“1億ドル軍団”は当然のように大きな注目を集めてきた。これから彼らは“絶対必勝”の船出に乗り出すことになるのである。

1999年からニューヨークに住み続けてきた筆者は、その間にアメリカ東海岸で多くの魅力的なチームを目の当たりにしてきた。

伝統の弱小チームが突如として2年連続ファイナル進出を果たした2002~03年のネッツのミラクルランには胸を踊らされた。

ピアース、KG、レイ・アレンを軸に、“ビッグ3”結成1年目でファイナル制覇を達成した2008年のセルティックスの快進撃にも胸をわくわくさせられた。

しかし、“ビッグ7(ウィリアムス、ジョンソン、ロペス、ピアース、KG、キリレンコ、テリー)”を擁する今季のネッツは、これまでニューヨーク周辺で目撃したどの強豪にも劣らないほど楽しみなチーム。少なくとも前半戦は、まるでサーカスのような脚光を浴び続けることになるだろう。

「俺はもう金は十分に稼いだし、個人タイトルも手にしてきた。今の目標は優勝だけ。ブルックリンにはそれを勝ち取る最大のチャンスがあると思っている」。

7月18日のネッツ入団会見時、ピアースはそう語った。実際にこれだけの金額がチーム作りに費やされれば、目標は優勝のみ。最低でもファイナルに進まなければ、今シーズンは“失敗”とみなされるはずだ。

それはつまり、今まさにキャリアのピークにいるレブロン・ジェームス率いるヒートを倒さなければいけないことを意味する。即席で作られたパワーハウスに、その準備が整っているかは意見が分かれるところだろう。

昨季限りで現役引退後、即座にヘッドコーチに就任した40歳のジェイソン・キッドはスター軍団を正しい方向に導けるか。

過去15年を通じてセルティックスの顔として君臨してきたピアースは、ボストンを離れても高いモチベーションを保てるか。

30代の選手もずらりと揃うベテランチームは、1年を通じて健康を維持し、徐々にケミストリーを養成していけるか。

もしも前半戦の戦況が思わしくなかった場合、プロホロフオーナーはトレード期限までにさらに動くことになるのか……?

不確定要素が山ほどあるがゆえに、今季の行方は興味深い。蓋を開けてみなければ分からないがゆえに、先行きが本当に楽しみである。

「(選手全員が)どれだけ犠牲を払えるか。このチームが成功するためには、それぞれが何かを諦めなければならないだろう」。

2013-14シーズンの成功の鍵を訊かれ、KGはそう答えている。

まずプロホロフオーナーが8700万ドルに及ぶ贅沢税という名の犠牲を払った。次は選手たちが勝利のためにアンセルフィッシュなプレーを心がける番だ。

そして筆者もまた、時間とエネルギーを献身的に注ぎ込み、ネッツをはじめとするアトランティック地区の戦い振りを追いかけていくつもりである。

開幕まであと1ヶ月弱――。スリリングなシーズンのスタートはもう間もなくである。今季を通じてどれだけ素晴らしいシーン、エキサイティングなプレー、忘れられない瞬間にお目にかかれるか、珠玉の時間の開始が今から楽しみでならない。

文:杉浦大介
Twitter: @daisukesugiura

杉浦大介 Daisuke Sugiura

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東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。