富樫勇樹レポート(3):観客の反応をよそに、やるべきことに徹する(宮地陽子)

Yoko Miyaji

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マーベリックスの一員として参戦している富樫勇樹にとって、出場機会がなかった2日前のティンバーウルブズ戦のときと状況は変わらなかった。プレータイムがあるかどうか不確かな3番手のポイントガード。前半は出番がないままに終わり、第3Qも名前を呼ばれることがなく、辛抱強く待ち続けた。きょうもこのままコートに立つことができないのかと思ったそのとき、コーチから声がかかった。第4Qの残り3分55秒、80-52とマブスが28点リードをしていたことで、運よく、出場の機会が与えられたのだった。

このとき、思いがけないことが起こった。富樫がコートに出てきた途端に、会場のファンから大喝采が起こったのだ。序盤から点差がついた大差の試合だったこともあり、ファンは名も知らない小さな選手に肩入れし、熱狂した。中には4年前、当時のドラフト首位指名だったジョン・ウォール相手に互角以上に渡りあったジェレミー・リンの再来を期待したファンもいたかもしれない。

富樫がボールを持つたびに会場中が盛り上がり、3ポイントシュートが外れるとため息が広がり、その直後にディフェンスに戻ってチャージングを取ると喝采が起こった。また、味方のピックを使って攻めたときに、スピンムーブでディフェンスをかわした瞬間、トラベリングを吹かれるとブーイングまでも聞かれた。

「彼はもうファンのお気に入りの選手だ」と、マブスのアシスタントコーチ、ダレル・アームストロングは言う。

「今のようなプレータイムだと(自分の力を出すことは)難しいかもしれないけれど、ファンは彼のプレーを楽しんでいる。ファンは彼(富樫)にいいプレーをしてほしいと思っている。ジェレミー・リンが私たち、マブスの一員でサマーリーグに出て、活躍して、有名になったときを思い出すよ。彼も同じことができる」。

もっとも、富樫自身は、自分の見た目だけで判断されてのファンからの喝采はあまり嬉しくなかったらしい。

「自分のこういう身長と見た目だから(ファンからの反応は)しょうがないことだとは思うんですけれど、自分としても、ちょっとやりづらかったですね。チーム自体も、ファンのあれ(声援)に応えようとして、打たせようとしているので…。正直、自分は(そういうのが)好きじゃないので。普通にバスケができればなと思うんですけれど。まぁ、しょうがないですね」と諦め顔だった。

ペネトレイトから、記録上アシストこそつかなかったが、味方の得点につながるパスを出したり、ディフェンスでチャージングを取ったり、第1戦よりもいいところを出せた試合だったと思うのだが、富樫は「きょうのゲームは、試合をしている感覚もなかったので…」と繰り返した。

確かに、観客が盛り上がる中、富樫は何とかチームの中で自分がやるべきことにだけ徹することを意識してプレーしていた。それは、ファンからすると物足りない面もあったかもしれないが、コーチたちからすると、独りよがりにならず、チーム概念の中で正しい判断をしようとする選手として評価できることだ。

マブスの選手人事ディレクターで、日本を含めた海外選手の事情に通じているトニー・ロンゾーニに、試合後の富樫のコメントについて話すと、ロンゾーニも「チーム概念の中でプレーしたかったということだよね。だから、彼は賢い選手で、いい選手なんだ」と賞賛した。

ただし、ロンゾーニはファンの声援についてこうも言った。

「彼は嫌だったかもしれないけれど、どこにいってもああいった反応が出ることは理解しなくてはいけない。彼は、それだけ見ていて楽しい選手で、ファンは楽しんでいるのだから」。

文:宮地陽子  Twitter: @yokomiyaji


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写真:三尾圭

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