自分自身を笑い飛ばすことができるのは、ひとつの才能だ。変に自分を卑下することなく、さりげなく失敗談や物事がうまくいかなかったときのことを話せる人は、話の中での格好悪さとは裏腹に、魅力的に見えるものだ。今シーズンからゴールデンステイト・ウォリアーズのヘッドコーチになったスティーブ・カーの長けているところだ。
カーがブルズの選手だった頃、彼の子供時代の話を聞いたことがある。UCLAの政治学教授だった父の仕事の関係で、彼は幼稚園の頃にフランスに住んでいたことがある。その頃の思い出を聞いたときのこと。幼稚園での初日にフランス語が話せず、トイレに行きたいと伝えることができなくておもらしをしてしまったエピソードを笑いながら話してくれた。子供の頃のこととはいえ、そんな恥ずかしい失敗談を聞くことで、人間味を感じたものだ。このときに限らず、カーの話はいつでも肩ひじ張らず、自分を大きく見せようとすることもなく、等身大だ。
今年5月にウォリアーズのHCに就任した後、カーは夏の間をかけてウォリアーズ選手たちを訪ね、1対1で腹を割って話をしたという。チームの方向性や各選手の役割などの合間には、お互いにどんな人生を送ってきたかも語り合い、理解を深めた。果たしてフランスでのおもらし事件について話したかどうかはわからないが、クレイ・トンプソンはカーの印象を、「もってまわった言い方はせず、まっすぐ目を見て本当のことを話してくれる」と語っており、好印象を受けたことは確かなようだ。
戦力が揃ったウォリアーズとはいえ、HCとして率いるのは決して簡単な仕事ではない。何しろ、昨季は前任のマーク・ジャクソンHCのもとで51勝31敗の成績をあげ、プレーオフ1回戦で敗れたとはいえ、ロサンゼルス・クリッパーズ相手に7戦までもつれる激戦を戦っている。それなのに、チームはシーズン後にジャクソンを解雇、後任にカーを選んだ。ステファン・カリーらから信頼されていたジャクソンの後任としてHCに就いたのだから、激戦のウェスタン・カンファレンスで、少しでも成績を下げればすぐに批判されかねない立場なのだ。
それでも、カーは少しずつ自分のやり方をチームに浸透させている。特に、ジャクソンのときに単調と批判されたオフェンスでは、カリーとトンプソンのガード・コンビだけに頼るのではなく、ビッグマンも攻撃に参加し、ボールを動かして攻撃のバリエーションを増やすようなシステムを導入している。
カーは言う。
「誰でも、自分の経験してきたことや好みをもとにしてバスケットボールを見ている。ただ、それと同時に人材を見て考える必要もある」。
カーによると、アンドリュー・ボーガットやデイビッド・リー、ドレイモンド・グリーンらのビッグマンは、それぞれパスが上手いから、その能力を生かさないのはもったいないという。カリーやトンプソンのシュート力をこれまで以上に生かすためにも、インサイドの選手もオフェンスに絡め、攻撃のバリエーションを増やそうとしている。実際、ここまで3試合のプレシーズンゲームを見ると、ボーガットやリーがイキイキとプレーし、カリーやトンプソンのシュート力とうまくかみ合った戦いを見せている。
それだけ好調なプレシーズンを送っていても、心配ごとは山のようにある、とカーは言う。
「心配ごとはたくさんある。サンアントニオ、オクラホマシティ、クリッパーズ……。挙げ出すときりがない。それだけ西は強豪揃いだ」。
そう言って後に、こう付け加えた。
「でも、私たちもいいチームだ。これから時とともに積み重ねていけば、とてもいいシーズンを送れる可能性があると思う」。
文:宮地陽子 Twitter: @yokomiyaji
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