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「縁みたいなものを感じました。本当にいいチームだと思い、お世話になろうと決めました。本当に感覚的なもの」と、大谷翔平はロサンゼルス・エンゼルス入団を決意した理由をそう語っています。大谷入団以前のエンゼルスには、長谷川滋利、松井秀喜、高橋尚成といった日本選手が在籍しました。
そんなエンゼルスが誕生し、アメリカン・リーグに参加したのは1961年のこと。その3年前となる1958年、ナショナル・リーグのニューヨーク・ジャイアンツがサンフランシスコに、ブルックリン・ドジャースがロサンゼルスへと移転、それぞれ西海岸のファンを開拓してきました。
これに触発されたア・リーグの首脳陣は、1961年の球団数拡張に際し、ロサンゼルスという土地を新球団のターゲットにします。そこで生まれたのがロサンゼルス・エンゼルスでした。元はスペイン語である「ロサンゼルス(Los Angeles=天使たち)」という街の名を英語にした、「エンゼルス(Angels)」がチームの愛称になりました。
初代のチームオーナーは、ジーン・オートリー(1907年~1998年)。カントリー歌手兼西部劇俳優、さらに実業家としての顔も持つ人物でした。南カリフォルニアでテレビ局やラジオ局を経営、MLB球団経営にも興味を持っていたことから、新球団エンゼルスのオーナーとなります。エンゼルスではオートリーに敬意を表し、26番を永久欠番にしています。なぜ26番かといえば「ベンチ入り25人に次ぐチーム26人目の存在」との意味からです。ちなみにオートリーの死後、夫人のジャッキー・オートリーがオーナーになりました。
その後、1999年から2003年には、ディズニーランドが所在するなど、エンターテイメント産業やメディアとの縁が深い土地柄から、ウォルト・ディズニー社がオーナーになっていた時期もありました。現在のオーナー、アルトゥーロ・モレノは広告業で財を成した人物です。
再び、エンゼルスの歴史に戻りましょう。設立1年目の1961年は、当時存在したロサンゼルス・リグレー・フィールドをホームとして70勝91敗。ア・リーグの10チーム中8位でした(当時は地区制なし)。1962年から1965年まではドジャースタジアムを間借りします。1962年にチーム創設2年目にして86勝76敗と早くも勝ち越しますが、その後は足踏み状態が続きます。
1966年にロサンゼルス南郊のアナハイムに移転。この年からカリフォルニア・エンゼルスとチーム名を変更します。1969年から東西2地区制になり、エンゼルスはア・リーグ西地区に所属します。1979年、地区初優勝を飾って創設以来、初めてポストシーズンに駒を進めました。投手陣では剛速球が武器のノーラン・ライアン、打線では巧打のロッド・カルー、強打のドン・ベイラー、ボビー・グリッチがチームを引っ張りました。が、残念ながらポストシーズンでは東地区優勝のオリオールズに1勝3敗で敗退という結果に終わりました。
1982年にはニューヨーク・ヤンキースからFA移籍したレジー・ジャクソンの活躍などあり、2度目の地区優勝を飾ります。ところが、ポストシーズンでは東地区のミルウォーキー・ブルワーズ(現在はナ・リーグ中地区)に3勝4敗で惜敗。
4年後の1986年には3度目の地区優勝を果たしますが、ポストシーズンでは悲劇的に敗れ去ります。東地区を制したボストン・レッドソックスに3勝1敗とリード(前年1985年から7回戦制になっていました)。第5戦も8回まで5-2とリードし、ワールドシリーズ初出場を目前にしていました。ところが延長に持ち込まれ、結局敗戦。第6戦、第7戦と敗れ、再び3勝4敗で次に駒を進めることができなかった。この第5戦で敗戦投手になったドニー・ムーアは、1988年にエンゼルスを解雇され、1989年に拳銃自殺をするという悲しい出来事がありました。
エンゼルスにはムーアのほかにも悲しい出来事があります。1978年には現役選手のライマン・ボストックが銃撃事件に巻き込まれ、27歳で死亡。また、2009年には将来のエースと期待されていた22歳のニック・エーデンハートが試合後に交通事故で亡くなり、チームやファンを深く失望させました。
このような悲しい出来事を乗り越え、エンゼルスがついに頂点に登り詰める年が訪れます。それは2002年。1997年からアナハイム・エンゼルスに名を改めていたチームは、就任3年目のマイク・ソーシア監督のもと、ア・リーグ西地区2位となってワイルドカードで16年ぶりにポストシーズン進出しました。ヤンキースとツインズを下して初めてのワールドシリーズ出場を果たし、ワールドシリーズではバリー・ボンズを擁するジャイアンツを4勝3敗で破り、球団創設42年目にしてワールドシリーズ初制覇となりました。そこからはア・リーグの強豪チームとして定着。2004年から2009年の6年間で5度の地区優勝を果たしています。しかし、ワールドシリーズ出場には届いていません。
そして2014年に5年ぶりでア・リーグ地区優勝を果たしますが、ポストシーズンではカンザスシティ・ロイヤルズの前に敗退。その年を最後に、ポストシーズに進めず、もどかしいシーズンが続いています。その間にチームは、2005年にロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイム、そして2016年からはロサンゼルス・エンゼルスと、創設時の名前に戻しました。
現在のチームの顔は、史上4人目の通算600本塁打&3000安打のアルバート・プホルスと、メジャー8年目ですでに2度MVPになっているマイク・トラウトです。昨季、本拠地の1試合当たり観客数はメジャー7位でア・リーグ3位。今季も6月23日時点でメジャー6位、ア・リーグではヤンキースに次いで2位と、リーグ屈指の人気を誇っています。
そんな西海岸の人気球団エンゼルスに加わった大谷ですが、右肘の内側側副靱帯損傷で故障者リスト入りしてしまったことはご存知の通りです。日本時間7月2日現在、チーム自体の成績もア・リーグ西地区で5チーム中4位と不調にあえいでいます。大谷の検査結果待ちという状況ですが、早期に復帰してエンゼルスの4年ぶりのポストシーズン進出、そして16年ぶりのワールドシリーズ進出に貢献して欲しい、とエンゼルスファンは思っているでしょうね。
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