「幸福の渦に巻き込まれる」
ブレーブスとドジャースは、1982年シーズン終盤、激しい接戦を繰り広げ、ナショナルリーグ西地区のタイトルを争う中、最終日を迎えた。
偶然にも、ブレーブスのレギュラーシーズン最終戦は、開幕戦と同じサンディエゴのジャック・マーフィー・スタジアムだった。
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1ゲーム差で首位に立っていたブレーブスは、パドレスに5対1で敗れ、ドジャースとジャイアンツの試合結果を待たなければならなかった。試合結果によって、ジャンパンファイトでずぶ濡れになるのか、翌日のワンゲームプレーオフのためにロサンゼルスに移動するのかが、決まる。
誰も163試合目を望んでなかった。
ブレーブスに味方するかのように、試合終盤、ジャイアンツがジョー・モーガンの3ランホームランで勝ち越した。
しかし、その年のドジャースはしぶとかったので、このまま試合が終わるとは誰も思っていなかった。
キャンドルスティック・パークで行われているドジャースとジャイアンツの最終戦を見るために、選手たちはクラブハウスからテレビのある部屋に移動し、ダイヤモンドとクルーもそれに続いた。
何事も一筋縄にはいかなかった、この年のブレーブスを象徴するような最後の試練であった。浮き沈みの激しかったシーズンの最後で、ブレーブスの運命は彼らの手から離れたのだ。そして、それが壮大なドラマを生んだ。
「あんな脚本は書けないよ」ダイヤモンドは語った。
部屋の中には、心配、疲労、希望などあらゆる感情が混在し、1アウトごとにテンションは上がっていった。
ドジャースのビル・ラッセルの3塁ゴロをジャイアンツのダレル・エバンスがアウトにした瞬間、ブレーブスのプレーオフ進出が決まった。様々な感情は、一瞬にして安心、歓喜と達成感へと変わった。
何ヵ月もチームと共にしてきたダイヤモンドとクルーは、祝勝会でシャンパンが飛び交う中、公平な観察者でいることが試された。
「我々は、幸福の渦の中に巻き込まれないように注意しなきゃならなかった。ドキュメンタリーを撮ることが仕事だからね。僕も若かったし、それはエキサイティングで魅力的な出来事だったから、一歩引く努力をした。今起こっていることに参加するのではなく、今起こっていることを記録することが仕事だから」ダイヤモンドは語った。
1969年以来のポストシーズン進出を果たしたブレーブスのストーリーは、完結まであと少しだった。この大作を完結させる唯一の方法は、ワールドシリーズの制覇だ。
それは実現するかに思われた。
「もし負けたら、どんなストーリーにすべきか分からなかった」オルティス・グズマンは述べた。
しかし、ブレーブスは完敗だった。カーディナルスとのナショナルリーグ優勝決定戦でスウィープされたのだ。ハッピーエンドではなくなったドキュメンタリー番組は、方向転換を余儀なくされた。
もう一度、調整が必要になった。
「壁にぶち当たった。素晴らしい番組なのに、シーズンが急に終わってしまったんだ。どのように締めくくればいいか、途方に暮れたよ」ダイヤモンドは語った。
その解決法とは、映画『大統領の陰謀』のように、テレタイプ端末で打った文字を映像にして、ブレーブスがリーグ優勝決定戦で敗退したことを伝えたのだ。
地味だが効果的だった。
このようにして、7ヵ月に及ぶ野球シーズンを終え、撮るべきものは全て撮影した。
(第10話へつづく)