マイナーリーグに在籍する野球選手たちが長い間待たされてきた報酬の大幅アップが2021年のレギュラーシーズン開始とともに実現する。2月12日にMLBが公式発表したマイナーリーグ組織改編方針の一部に含まれるものではあるが、その詳細の殆どは既に報道されていた内容と同じである。
MLBがニュースリリースで新たな「近代化された選手育成システム」と謳ったその内容によると、MLB傘下でフルシーズンを行う系列チーム数は2019年の160チームから120チームへと減らされ、それらのチームは3A, 2A, 1A上部、1A下部の4つのレベルに振り分けられることになった。個々のフランチャイズ球団は施設、環境、そして選手とスタッフらの待遇の水準を定めたプロ育成リーグ協定に合意サインをした。その水準は多くのフランチャイズ球団にとっては現在からのアップグレードを意味する。組織改編には地理的なチーム配置の見直しも含まれ、各チームの移動による負担を減らすことも目指している。
ニュースリリースで大々的に取り上げているマイナー選手たちの報酬改善についての記述は以下の通りである(増額案が最初に報道されたのは昨年の2月だ)。
2021年シーズンから選手たちの報酬は38~72%までの範囲で増額される。
それは素晴らしいことだ。増額率はかなり大きい。だが実際の金額はどうなのか? 実はそれほどでもない。
増額はどうしても必要だった。マイナーリーグの野球選手たちがこれだけの規模に近い増額を手にするのは数十年振りのことになる。この話題については筆者も何度か記事にしてきた。これは長く待たされた、そして正しい方向に向けて踏み出された、確かな一歩である。だが、増額率だけではすべてを語ることはできない。AP通信によると、各レベルの最低保証報酬金額は以下の通りである。
- 1A(上・下): 最低週給が290ドル(約3万1千円) から $500(約5万3千円)に上がる
- 2A: 最低週給が350ドル(約3万1千円) から $600(約6万3千円)に上がる
- 3A: 最低週給が502ドル(約5万3千円) から $700(約7万4千円)に上がる
マイナーリーグのレギュラーシーズンは通常4月上旬に始まり、8月の終わりか9月の最初の週に終了する。つまり、21週間の野球シーズンだとしよう。2021年シーズンにおいて、3Aは144試合、2Aは138試合、1Aは132試合を予定している(新型コロナウイルス感染流行に伴い、試合数は調整される可能性がある)。
- 1A選手: 5か月の労働期間で合計収入は 10,500ドル(約111万円)となる
- 2A: 5か月の労働期間で合計収入は 12,600ドル(約133万千円)となる
- 3A: 5か月の労働期間で合計収入は 14,700ドル(約155万円)となる
元マイナーリーグ投手で弁護士に転身したギャレット・ブロシュイス氏はこの問題に取り組んできた。ブロシュイス氏は「どのようなものであれ、収入が増えることは良いことです。しかし、まだまだ十分であるとは言えません。マイナー選手たちの低賃金は長い間放置されてきました。今回の増額を含めても、まだまだ貧困レベル以下にある選手たちが多くいるのです。増額率は実際の賃金が非常に低いという事実を隠してしまいます。マイナー選手たちの賃金が長い間低く抑えられてきたため、年間を通した労働に対して、選手1人につき数千ドル(数十万円)の増額にしかならないのです」と述べた。
それでは、この大幅な増額率がもたらす、実際に増額される金額を見てみよう。
- 1A選手: 72%の増額率で、 4,410ドル(約47万円)の増額となる
- 2A: 71%の増額率で、 5,250ドル(約55万円)の増額となる
- 3A: 39%の増額率で、 4,158ドル(約44万千円)の増額となる
この話をさらに進める前に、上に挙げた数字はレギュラーシーズンの最低保証報酬金額のみについてであることを強調しておきたい。選手たちの多く、特に3Aレベルの選手は、様々な事情により、これより多くの収入を得ることができる。例えば、ある選手がメジャー40人枠ロースターに入れば、その選手は即座にMLB機構とMLB選手会が締結した労働協約の対象となり、マイナーの試合に出場していてもMLB契約1年目選手として年間46,000ドル(約485万円)の収入が得られる。MLB契約が2年目になると、最低保証年収は93,000ドル(約980万円)に急上昇する。マイナーリーグのフリーエージェント契約を結んだ選手はさらに多くの収入を得ることができる。
また、これらの給与額にはドラフト指名や海外フリーエージェント制度で入団したときの契約金も含まれていない。最近やや減らされているとはいえ、それでも契約金は巨額になることがある。もちろん、マイナーリーグに在籍する選手たちの大部分は、数億円の契約金を得てプロ野球の世界に入ってくるわけではない。
もうひとつ明確にしておきたいことは、マイナー選手たちの給料はメジャー親球団によって支払われるということだ。マイナーリーグ球団のオーナーたちではない。フィラデルフィア・フィリーズは2019年2月にブライス・ハーパーと13年3,300万ドル(約348億円)の契約を結んだが、それとは別に1Aの外野手にも1万500ドル(約111万円)の年俸も支払うということである。
2018年にNBAの下部組織であるGリーグが選手たちの給料を大幅に増額すると発表した時、我々はある比較を試みた。GリーグはNBA傘下におけるトップの(そして唯一の)公式下部リーグである。そのGリーグの報酬金額をMLB傘下3Aの最低保証報酬金額とNHL傘下のトップ・マイナーリーグであるAHL選手たちのそれと併せて、比較してみたのだ。
その差は歴然としていた。MLBが増額を発表した今、もう一度比較してみよう。
Gリーグの最低保証月収はまだ7,000ドル(約74万円)のままだ。5か月のシーズンで合計3万5,000 ドル(約369万円)になる。Gリーグには29チームが存在し、各チームは10人の選手を抱えている。3A選手と比べると、Gリーグ選手ははるかに高額の収入を得ているが、それにはいくつかの要素が絡んでいる。イグナイト・チームに所属するのはNBAドラフト対象外でありながら、大学バスケでプレイすることを選ばないトップクラスの選手たちで、彼らは最高で50万ドル(約5,268万円)を手にすることができる。
AHLに所属するアイスホッケー選手たちは1968年に設立されたプロホッケー選手組合に加入し、その恩恵を受けることができる。よく知られているように、マイナーリーグの野球選手たちには頼れる選手組合が存在しない。野球選手はメジャー球団の40人枠ロースターに入るまではMLB選手組合の加入対象外なのである。そしてマイナーリーグ選手たちをこの苦境から助けることはメジャーリーガーたちの優先事項の上位に入ったことはない(ブロシュイス氏は『Advocates for Minor Leaguers』という組織を通じて、代弁者を持たないマイナー選手たちのための活動を行っている)。
労働協約が定めるところにより、AHL選手たちは2021-22シーズンで最低5万2,000ドル(約548万円)の年俸が保証されている。シーズンでは80試合が予定されている。さらに遠征時には1日あたり81ドル(約8,500円)の日当も追加される。AHLのロースターには23人が選手登録され、そのうち20人が試合に出場できる。新型コロナウイルス感染拡大の影響から、今シーズンの最低年俸は交渉の結果3万ドル(約316万円)に減額されたが、将来には元のレベルに戻される予定になっている。3AやGリーグと同じように、AHLでもベテランでNHL経験があるような選手なら、この最低保証金額をはるかに上回る収入を得ることができる(このリーグの労働協約には最大限度額の規定はない)。
3A (MLB)
- 最低保証年俸:14,700ドル(約154万9千円)
- 遠征時日当:25ドル (約2,600円)
- 住宅貸与:なし
Gリーグ (NBA)
- 最低保証年俸:$35,000(約368万7千円)
- 遠征時日当:$50 (約5,300円)
- 住宅貸与:あり
AHL (NHL)
- 最低保証年俸:$52,000(約547万7千円)
- 遠征時日当:$81(約8,500円)
- 住宅貸与:なし
*新型コロナウイルス感染拡大の影響から、労働協約は今シーズンの最低年俸を$30,000(約316万円)に減額
これは大きな違いではないか。ブロシュイス氏はこう述べた。「格差は大きいと言わざるを得ません。ですが、考えてみてください。メジャーリーグ昇格まであと一歩のところまで来て、頻繁に1万人ほどの観客を前にプレイする選手たちが、1年間に5万ドル(約527万円)の収入を望むことは欲張りではないでしょう。彼ら選手たちは生活するに足る収入を得るべきなのです」
もう一度、確認しよう。6,090ドル(約64万円)だった1Aの賃金に4,410ドル(約47万円)の増額は非常に大きい。それは間違いない。我々があるときにこれだけの増額率を経験したとすれば、それはとても幸運なことだと思うだろう。MLBは正しい方向に向かっている。この流れが止まらないことを祈るしかない。なぜなら、この賃金は依然として低すぎるままだからだ。
考えてもみてほしい。まず、春季キャンプ期間中、選手たちには日当以外には報酬が支払われない。練習に参加し、試合に出場し、チームに指定された筋力トレーニングのプログラムを行うことへの対価はないのだ。例年(新型コロナウイルスの影響がない)のシーズンであれば、選手は2月下旬に春季キャンプに集合し、4月にマイナーリーグのシーズンが開幕するまでの6~7週間、毎日トレーニングをして、試合に出場し、自前で宿泊費を払い、それでいて無収入の状態におかれるのだ。そして、春季キャンプに参加しないという選択肢はない。
もちろん、これは今に始まったことではない。以前からずっとそうだった。だが、こんなやり方で運営されているビジネスが他にあるだろうか。チームは傘下のマイナー選手たちに「我々は君たちにキャンプ球場に来て、6週間から7週間ほどタダで働いてほしいのだ」と言っているのだ。事情はメジャーリーガーたちも同じだ。しかし、彼らにはより多くの日当が支払われるし、なによりシーズン中の給与がはるかに高い。
「これは変わらなくてはいけません」とブロシュイス氏は述べた。
そして、現実的に、この増額を含めても、マイナー選手たちが米国内の法定最低賃金以下か同じ程度の賃金しか受け取っていないことは変わっていない。1A選手の週給約500ドル(約5万円)を、週5日、40時間の労働に換算すると、時給12.5ドル(約1,300円)になる。だが、野球選手たちの労働時間は、週5日だけでもなく、1日8時間だけでもない。毎週最低でも6試合があり、7試合の週がほとんどだ。1日も長い。筋力トレーニング、グラウンドでの練習、バッティング・ケージでの練習、そして遠征の移動がある。マイナーリーグはほとんどがバスでの移動であることを忘れないでほしい。週に最低でも60時間は働いていると言っても間違いではないだろう。そうなると時給は8.33ドル(約877円)まで落ちてしまう。この金額は米国内の29の州とワシントン特別区での法定最低賃金より低い。
もう一度述べる。これは正しい方向に踏み出された一歩だ。今はただ、次の一歩が数十年後にならないことを祈ろうではないか。
翻訳:角谷剛