スラッガー大谷翔平がバント安打を狙う本当の理由

菅谷齊

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ホームラン打者のバント安打。究極の大技と小技をマッチした打撃が新鮮だったのか、大谷翔平のプレーは2021年の大リーグの話題を独占した。この規格外のスラッガーは打撃タイトルこそなかったものの、選考による表彰は軒並み手に入れた。

4月26日のレンジャース戦。三塁前にセーフティバントを決めた。このとき「秒速9メートル以上」の俊足が注目された。大リーグ平均より1メートル近く上回ったからである。

6月16日のアスレチックス戦では133メートルの大きな本塁打を放った次の5回、先頭打者で打席に立つと三塁線にバント安打。この時点で3点リードしていながらの奇襲だった。メディアは「素晴らしい選択」と褒めた。

大谷によれば「(本塁打で)1点取るより出塁して(勝利を確実にする)追加点を取る方が大事と考えた」とのことである。逆転される予感がしていたのだろう。チームは4-8とひっくり返されて負けた。

それから10日後のレイズ戦は1番・DHで出場し、初回先頭打者ホームラン。次の打席では今度は一塁線にドラッグバントの安打を決めた。

まさに大技、小技。「すごい才能の持ち主とは聞いていたが、まざまざと目の前で見せつけられた」と相手チームの監督。脱帽という体だった。

見たか、聞いたか、これがニッポン野球

状況に応じて打撃を変えているのは、戦局を考えてのことで、類まれなるセンスを感じる。シーズン終盤にもバント安打で出塁しようとするシーンが見られた。9月といえば、本塁打争いをしている重要な時期だった。

本塁打王という個人タイトルのみを狙っていたら、バントなどするわけがない。わざわざホームランを打てる可能性を放棄することになる。そんなことよりチームの勝利のためにチャンスメーカーになろうとしたのである。

「やはりチームの勝利が欲しい」と大谷が最後に語ったのはそのことだった。「チームが抑えられているのにブルンブルン振っても意味がない」とも言った。ジョー・マドン監督の「(大谷は)チーム打撃ができる」との評価はそれを裏付けているといっていい。

最後まで勝負をあきらめないのは日本野球の基本的な教えである。大谷は高校時代、甲子園に出場しているが、フォア・ザ・チームに徹しなければ檜舞台まで行き着かないことを知っている。3番打者でも4番打者でも送りバントやスクイズをやる。少年野球から学んだその気持ちをいまだに持ち続けているのだろうと思う。

大リーグは多国籍である。打って稼ぐ、それもホームランならなおよし、という打者がほとんどである。イチローも「野球は攻守走が面白い」と言ったが、大谷も同じ思いに違いない。大リーグに野球の面白さ、奥深さ、すなわちニッポン野球を教えているような気がしてならない。

バントは“使い勝手”のいいプレー

バントは打者にとって大変“使い勝手”のいいプレーなのである。

例えば送りバント。走者を得点圏に進める犠牲となるからチームの評価は高い。バント要員の選手がベンチにいるのは日本では当たり前。ファンも拍手をして認めている。大リーグにそんな選手はまずいない。

記録面からみると、送りバントは打数に入らないので、この犠打は打率に響かない。これを逆手に取る打者がいる。不振のとき走者を置いての場面でバントを試みる。走者を送れば犠打だし、エラーやフィルダースチョイス(野手選択)が絡んでも犠打が記録される。もし安打になれば打率アップである。事実、首位打者争いで、バント安打を決めてタイトルを手にした大物打者がいた。

日本球界を代表する巨人の長嶋茂雄、王貞治も送りバントを命じられている。その昔、ヤンキースの4番を打っていたルー・ゲーリッグの送りバントを見てびっくりした、という話を日本の野球人から聞いたことがあった。

四球(敬遠含む)が打者をほんろうする投手の武器なら、バントは打者の武器である。これを理解して試合を見ると、野球の面白さが倍加する。

本塁打より被害の少ないバント安打でOK

メジャーリーグ球団が日本選手を欲しがる理由がある。

①首脳陣の指示を素直に聞き批判しない
②野球をよく知っている
③薬物などに手を出さない

日本ではそれを「優等生」という。今はほとんどがそうである。大谷の場合、これにホームラン打者なのにチームの勝利のためにバント安打で出塁を目指す人間性が絡む。多くのホームランを打つメジャーリーガーは、プライドもあってバントなどまずしない。もし監督がバントのサインを出したらトラブルになるだろう。大リーグ監督にとって大谷ほど信頼、信用できる選手はいない。

今年2022年シーズンは、大谷に対してホームランとバント安打に対する防御策を考えてくるだろう。なかには守備で右寄りシフトを敷いてバント安打で出塁させるチームがあるかも知れない。ホームランはないから被害は少ない-という選択である。勝負を避ける四球、申告敬遠も増えるはずで、間違いなく「最も警戒される大リーガー」となる。


著者プロフィール

菅谷 齊(すがや・ひとし)1943年、東京・港区生まれ、法大卒。共同通信で巨人、阪神、大リーグなどを担当。黒い霧事件、長嶋茂雄監督解任、江川卓巨人入団をはじめ、金田正一の400勝、王貞治の756本塁打、江夏豊のオールスター戦9連続三振などを取材。1984年ロサンゼルス五輪特派員。スポーツデータ部長、編集委員。野球殿堂選考代表幹事を務め、三井ゴールデングラブ賞設立に尽力。大沢啓二理事長時代の社団法人・全国野球振興会(プロ野球OBクラブ)事務局長。ビジネススクールのマスコミ講師などを歴任。法政二高が甲子園夏春連覇した時の野球部員。同期に元巨人の柴田勲、後輩に日本人初の大リーガー村上雅則ら。現在は共同通信社友、東京運動記者クラブ会友、日本記者クラブ会員、東京プロ野球記者OBクラブ会長。

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菅谷齊(すがや・ひとし)1943年、東京・港区生まれ、法大卒。共同通信で巨人、阪神、大リーグなどを担当。1984年ロサンゼルス五輪特派員。スポーツデータ部長、編集委員。野球殿堂選考代表幹事を務め三井ゴールデングラブ賞設立に尽力。大沢啓二理事長時代の社団・法人野球振興会(プロ野球OBクラブ)事務局長。ビジネススクールのマスコミ講師などを歴任。法政二高が甲子園夏春連覇した時の野球部員。同期に元巨人の柴田勲、後輩に日本人初の大リーガー村上雅則ら。現在は共同通信社友、日本記者クラブ会員、東京プロ野球記者OBクラブ会長。著書「日本プロ野球の歴史」(大修館、B5版、410ページ)が2023年度ミズノスポーツライター優秀賞を受賞。