オオタニサンは「翼を持ったスラッガー」

菅谷齊

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大谷翔平はパワー&スピードで君臨した、あのバリー・ボンズになれる-。

外野スタンドに叩き込み、快速で次塁を奪う。大リーグではこの二大要素を発揮する打者を「理想的なプレーヤー」と呼ぶ。

センスを示したベースランニング

7月2日、オリオールズ戦。試合の後、大谷のコメントの中にこんなフレーズがあった。

「走塁に満足している」

7-7の同点で迎えた9回裏、四球で出塁すると二盗。打者の右前安打で三塁を回り、クロスプレーをかわしてサヨナラ勝ちのホームを踏んだ。大胆で鮮やかな走塁だった。

大谷はこの試合で、それまでに2本の本塁打(29、30号)を放っていた。メディアの注目は本塁打だったが、大谷は走塁に満足感を覚えていたようで、これが野球なんですよ、と報道陣に諭すように語ったのが印象的だった。

勝負どころで盗塁を成功させ、決勝点を好走塁と巧みなスライディングで挙げる。大型選手とは思えないプレーは、大谷の計り知れないセンスを示したと思う。

超大物選手が演じたパワーとスピードの論争

大リーグではその昔、パワーとスピードでぶつかり合いがあった。それもベーブ・ルースとタイ・カッブというスーパースターの正面衝突だった。

パワーの代表はルース。いうまでもなくシーズン60本塁打、通算714本塁打に象徴される稀代のスラッガーである。「ホームランは野球の醍醐味さ」と胸を張った。これに反発したのが通算4189安打、892盗塁のカッブ。「野球は走攻守のゲームだ」と。

その口論を封じたのがルースとカッブの特徴を併せ持った選手の出現だった。「翼を持ったスラッガ-」と称賛し「理想的な野球選手」と定義した。

まずウィーリー・メーズ。1955年に51本塁打でタイトルを取った翌年、40盗塁でタイトルを取り、ここから4年連続盗塁王に。62年から3度のホームラン王に。通算660本塁打、338盗塁を残した。

ルースの通算記録を抜いたハンク・アーロン。57年に44本を放って初の本塁打王を手にしたときは1盗塁だったのだが、63年から3年連続ホームラン王になったときは計69盗塁と大変身した。

史上最高のスイッチヒッターとして知られるヤンキースのミッキー・マントルは、長打力ではルースに匹敵した。172メートルの本塁打を打ったと語り伝えられている。そして三冠王。ヒザを痛めたことで盗塁数はさほど多くないが、走っては塁間3秒3のスピードを持っていた。

親子でパワー&スピードを発揮したボンズ

シーズン73本塁打、通算762本塁打。この大記録を持つバリー・ボンズは圧倒的にホームランバッターの印象が強いけれども、通算盗塁514を記録している。史上最強打者といわれるゆえんだ。

ボンズはパイレーツでデビューした88年は36盗塁、16本塁打と俊足で注目された。90年(33本塁打、52盗塁)から97年までの8シーズンの間に5度の30-30(30本塁打―30盗塁)を記録している。この間、290本塁打に300盗塁。究極のパーフェクトプレーヤーだった。

このボンズ、意外なことに打撃タイトルは首位打者と本塁打王が各2度、打点王1回と少ない。ただし選考による賞はすごい。MVPは4年連続を含む7度。月間MVP13回、シルバースラッガー12回。伝統のあるスポーティングニュース、AP通信、ベースボール・アメリカらが選ぶ「その年のナンバーワン選手」には10回以上。そしてスポーツ・イラストレイデット誌は「2000年代のNO1 プレーヤー」に選んだ。ボンズのプレー内容のすごさが分かる。

実はボンズの父ボビーも30-30を5度達成している。タイトルこそなかったが、パワーとスピードに優れた逸材として一時代を築いた名選手だった。このボビーが全盛のころに「翼を持ったスラッガー」との表現が使われた。

怪童、燃える男、鉄人…日本の翼を持った男たち

日本球界にもそんな打者はいた。

伝説の西鉄ライオンズで主力だった“怪童”中西太。2年目の53年から4年連続本塁打王(131本)に輝いたが、その間に93盗塁。日本最長の150㍍本塁打をかっ飛ばした怪力と俊足は有名だった。当時、関係者の間で「大リーグで通用する唯一の選手」と言われたほどだった。

ドジャースから誘われたエピソードを持つのが巨人の“燃える男”こと長嶋茂雄。プロ入り最初の4シーズンで102本塁打、121盗塁。新人の58年にベース踏み忘れの一打がなければ30-30だった。

日本球界でただ一人3000安打をマークした“安打製造機”の東映・張本勲は62年から4年間に128本塁打、144盗塁。通算では504本塁打、319盗塁。長打、好打、俊足と打者としては最も理想的だった。

広島の“鉄人”衣笠祥雄も通算で504本塁打、266盗塁(タイトル1回)。ほとんど知られていないが、巨人の“打撃の神様”川上哲治は181本塁打、220盗塁。打つだけではなかった。

特筆は西武-ダイエーの秋山幸二。85年から91年までの7年間で263本塁打(400本塁打3度、300本塁打4度)。盗塁は51個を含む199。シーズン平均38本塁打、28盗塁。通算では437本塁打、303盗塁。守備も傑出しており「大リーグでも通用した」と高い評価を得たものである。

場外ショータイム、お値段320億円の見立て

大谷は7日のレッドソックス戦で32号を打った。これはヤンキースの4番を打った松井秀喜の日本人大リーガー最多を抜く記念の快打で、全国紙が夕刊の一面トップ記事で報じた。コロナ、オリンピック騒動の不愉快さを一瞬吹き飛ばす“時の人”扱いだった。

最大の注目は大谷の“お値段”。今年2月「2年850万ドル」(約8億9400万円)で契約した」ばかり。米国大手メディアは「来年で契約が終わったら3億ドル(320億円)になるだろう」と報じている。

現在、大リーガー最高の契約は大谷の同僚、マイク・トラウトの「12年4億2650万ドル(460億円)」。これを超えるかどうか、である。

エンゼルスは絶対に手放したくないから今の契約を書き直す可能性がある。27歳になった大谷は5年以上の活躍は見込めるし、マナーよし、グッズが売れるなど、多くの付加価値を持っているから5年から10年の長期契約は間違いない。

ヤンキースが獲得を狙っているという話もある。大谷が日本ハムから大リーグに行くとき、ヤンキースは交渉から降りたいきさつがあり、いまファンから判断の甘さをなじられているという。なにしろ資金豊かな球団。かつてデーブ・ウインフィールドという大型選手と10年契約をした実績を持つ。

グラウンドを離れた場外でもショータイムが演じられることだろう。バリー・ボンズの後継者として。

菅谷齊

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菅谷齊(すがや・ひとし)1943年、東京・港区生まれ、法大卒。共同通信で巨人、阪神、大リーグなどを担当。1984年ロサンゼルス五輪特派員。スポーツデータ部長、編集委員。野球殿堂選考代表幹事を務め三井ゴールデングラブ賞設立に尽力。大沢啓二理事長時代の社団・法人野球振興会(プロ野球OBクラブ)事務局長。ビジネススクールのマスコミ講師などを歴任。法政二高が甲子園夏春連覇した時の野球部員。同期に元巨人の柴田勲、後輩に日本人初の大リーガー村上雅則ら。現在は共同通信社友、日本記者クラブ会員、東京プロ野球記者OBクラブ会長。著書「日本プロ野球の歴史」(大修館、B5版、410ページ)が2023年度ミズノスポーツライター優秀賞を受賞。