「これは24時間、年中無休の仕事なんです」:チーム通訳が現在のMLBで果たす重要な役割

Jared Wyllys

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ドミニカ共和国、ベネズエラ、プエルトリコ、キューバ、メキシコなどラテン系諸国出身の選手の比率が増え続けるMLBにおいて、各球団はスペイン語通訳を置くことが義務づけられるようになった。MLB通訳とはどのような役割を担うのか?

ミネソタ・ツインズのエルビス・マルチネス通訳を中心とした3人の現役通訳の言葉を通じて、その仕事の実情に迫る。

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異国の地で奮闘する選手たちに必要な存在

2016年にニューヨーク州にあるロチェスター工科大学に入学したエルビス・マルチネスは、同大学の野球チームに入りたかった。マルチネスは高校を卒業したばかりで、プエルトリコから大学レベルで野球をするために米国へやってきた。1つ問題があった。マルチネスは当時全く英語を話すことが出来ず、野球チームのコーチにトライアウトを受けたいと伝える術がなかったのだ。

「英語は全く出来ませんでした。だからルームメイトに手紙を代筆してもらって、それをコーチ室のドアの下に挟んでおいたのです」とマルチネスはスポーティングニュースに語っている。

この作戦は功を奏した。マルチネスはトライアウトを受けることに成功し、その結果としてロチェスターで2年間プレーする機会を得た。マルチネスはMLBのドラフトで指名されることを夢見て米国に来たが、2年間の大学野球が終わった後、どの球団からも声はかからなかった。大学を出た後、マルチネスはホテルチェーンのマリオットに職を得た。そして5年間に渡って、全米中を回り、従業員のトレーニングや新しいホテルのオープンを助ける仕事に従事した。だが、マルチネスはどんな形であっても野球に関わる仕事をするという夢を諦められずにいた。そしてロチェスターでの大学野球の経験はその夢を実現する上で有利に働くことになった。

2016年のシーズン以来、MLBの各球団はスペイン語通訳を内部スタッフとして置くことが義務づけられた。マルチネスは2018年からミネソタ・ツインズでその役割を担うことになったのだ。

スペイン語通訳スタッフの義務化は2015年のMLBウィンター・ミーティングで正式に決定された。それ以前の各チームはスペイン語を話すコーチや選手にクラブハウスやダグアウト、ときには球場外でも、その通訳の役割を期待することが多かった。ある選手が英語が全く話せないか、メディアの質問に応答する自信がないような場合、コーチかチームメイトがその選手とメディアの間に入ることもあった。

なぜ日本や韓国から来た選手の多くには1人ずつに通訳がつき、ときにはマウンドにまで付き添うことがあるのだ、とスペイン語圏の選手たちが疑問を投げかけることがあったが、クラブ側からは大抵、厳しい反応が返ってきたとマルチネスは言う。

「答えは、『スペイン語を話すコーチはチームにたくさんいるから、お前たちに通訳は必要ない』というものだった」

マルチネスはロチェスターで大学1年生のときにESL(英語を母国語としない生徒のための英語教育)クラスで英語を学んだ。そして可能な限りチームメイトと一緒に時間を過ごすことを心掛けた。チーム内でマルチネスは唯一の英語圏以外の出身者だったので、彼のために通訳をしてくれる人は誰もいなかった。夜はスペイン語の字幕付きでテレビを観て、出来るだけ早く英語を吸収しようとした。お気に入りの番組は『CSI:マイアミ』と『ザ・シンプソンズ』だった。マルチネスは周囲の助けや理解もあって、彼自身は英語を短期間でマスターすることが出来たと言う。だが、彼自身の経験から、スペイン語圏の選手が克服しなくてはいけない壁は高いと強調する。

「彼らは違う国からやってきて、プレッシャーに圧し潰されそうになりながら、結果を出して、そして競争に打ち勝っていかなくてはいけない。それに加えて、慣れない言語でのコミュニケーションや異文化への適合をしなくてはいけない。とても大変なことです」

キーワードは、選手との“信頼関係”

通訳が担当する仕事は多岐に渡り、チームによって違いはあるが、多くの場合において、最も重要な部分は選手とメディア、そして選手とコーチの間の通訳だ。クラブハウスがメディアに公開される試合の前後は特に通訳の重要度が高まる。また時には試合直後のフィールドでのテレビインタビューが行われることもあり、スペイン語圏の選手には特に悩みの種になる。この種の通訳をこなすには、選手と通訳の間に強い信頼関係が築かれなくてはいけない。

シカゴ・ホワイトソックスの通訳を務めるビリー・ルッソはスポーティングニュースに以下のように語っている。

「ロケット科学のように厳密になる必要はありませんが、選手たちの言動はチームを代表するわけですし、それを正しくメディアに伝えなくてはいけません。選手たちの親しい友人にならなくてはいけないのです。そのためには、まず彼らから敬意をもたれなくてはいけないし、次に彼らに自信を持ってもらわないといけないのです」

ルッソはスペイン語通訳が公式にMLBで義務化される直前の2015年10月からホワイトソックスで働いている。それ以前はベネズエラの新聞社に勤めるジャーナリストだった。2008年にルッソはシカゴに派遣され、当時ホワイトソックスの監督だったオジー・ギーエンとシカゴ・カブスの投手だったカルロス・ザンブラーノの2人を取材することを命じられた。2人ともベネズエラ人だったのだ。ルッソはすぐに両チームのクラブハウスを出入りするようになった。特にホワイトソックスによく訪れるようになり、ここで育んだ信頼関係がチームの通訳となってから有利に働いた。

米国に来たときにはMLBチームで働くことは思いもしなかったとルッソは話す。だがルッソはそのチャンスを逃さなかった。決して簡単な転職ではなかった。球団とメディアの関係はときにはデリケートであるからだ。だがルッソはホワイトソックスが非常に働きやすい環境であると称えている。

選手、通訳、メディア、そして監督との間のコミュニケーションでは些細な間違いや不正確さが大きな悪影響につながることがあるため、相互の信頼感が重要になる。選手側からすると、彼らが接するレポーターは録音やメモの用意をして、カメラを構え、外国語で彼らに質問を投げかけてくる存在だ。たとえ選手は問われた質問の意味を理解したとしても、その答えを英語で的確に伝えられるかどうか不安に感じることもある。だから選手は通訳がレポーターの質問を正確に伝え、またもっと重要なのは、彼の言葉を正確に訳してくれることを信じられなくてはいけない。

「選手たちには言いたいことを言いたいように話せと伝えています。私にとって最も重要な仕事はその言葉を礼儀正しいプロフェッショナルな表現にすることです。選手たちの印象を良くなるようにすることが私の仕事の一部ですが、彼らのメッセージの内容を変えることはありません」とマルチネスは語った。

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マルチネスは時には選手自身やチームに対して非建設的な言葉を口にしないようにとアドバイスすることもあると言う。だが、最終的にはマルチネスは選手が語った内容を変えることはしない。多くの通訳もそのように仕事をこなしている。ミルウォーキー・ブリュワーズの通訳であるカーロス・ブリズエラもその1人だ。

「私の仕事の大部分は選手たちとの間に信頼関係を築くことです。もちろん、それは簡単なことではありません。彼らの中にはとても小さい村や、そして貧しい地域から来ている者もいます。彼らにとっては他人を信じることは難しいことなのです。だから彼らには私が彼らの味方であり、彼らを助けるためにチームにいるのだと理解してもらいます。彼らの印象を悪くするようなことを私は決して口にはしません」とブリズエラはスポーティングニュースに語った。

ブリズエラがMLB通訳になるまでの道程はマルチネスと似ている。10歳になるまでベネズエラで育ち、その後ニューヨークに引っ越してきた。高校を卒業後、ブリズエラはアーカンソー大学リトルロック校から奨学金を得て野球チームに所属した。ブリズエラの夢もMLBドラフトで指名されることであったが、怪我の為にその夢は断念せざるを得なかった。元々、ブリズエラは自分の能力と将来については現実的な考えを持っていたのだ。

「他の多くの人と同じように、私の夢もプロ野球選手になることでした。でも私はとても現実的なんです。私の弟は野球で食べていますし、プロ選手になった友達も何人かいます。彼らを見ていると自分にはそのチャンスはないと分かりました。だから、方向を変えて、何か野球に関わる仕事を探し始めたのです」

アリゾナのロサンゼルス・エンゼルス傘下2Aでビデオ撮影とラテン系選手の世話役を2年間インターンで務めた後、ブリズエラは2016年3月にブリュワーズのチーム通訳としてのフルタイムの職を得ることが出来た。

春季キャンプでのエルビス・マルチネス通訳(真ん中)

春季キャンプ中、ブルペンでマイケル・ピネダの投球を見るツインズのエルビス・マルチネス通訳

ただ通訳するだけじゃない。24時間体制で選手を支える

ブリズエラ、ルッソ、マルチネス、そして他の通訳たちも、仕事の大部分は毎日クラブハウスに詰めてインタビューの通訳をすることだが、それだけに留まらないことも多い。ルッソは春季キャンプ期間中に選手のランニングに付き合ったし、ブリズエラは3月にはモントリオールへの遠征を手助けをした。マルチネスはウィリアンズ・アストゥディーヨのファンサービス・イベントに同行した。

さらにマルチネスは今季から試合中はプレス席ではなくダグアウトに座っている。どのチームもそうしているわけではないが、試合中のコミュニケーションは困難で重要であることから、ツインズの選手たちのためにそこにいることにしたのだ。ホセ・ベリオスが先発登板した日には、べリオスとピッチングコーチが相手チーム打者のデータについて打ち合わせる際の通訳をした。べリオスは英語を話すが、試合中に無用の混乱が生じることを避けるためだ。

「試合中はたくさんのことが起きているのです」とマルチネスは話している。

べリオスは試合前後に英語を話すことは苦にしないが、試合中はスペイン語の方が楽なのだと言う。たとえ野球に関する英語の単語を知っていたとしても、ときには試合中のコミュニケーションは非英語圏の選手には難しい。ホワイトソックスのヨアン・モンカダ三塁手は、以前はフィールドにいる時はただ静かにしていたのだとルッソに話したことがある。

「新人の頃はコミュニケーションが出来なかった。英語を話せなかったからだ。だからただ静かにしていた」とモンカダは語った。

野球の言葉は世界共通なので、そうした状況はいくぶん改善したとモンカダは言う。だが、今でもモンカダはインタビューの際にはスペイン語で話す。ルッソによれば、選手たちの多くはメディアと英語で話したいと思っているが、同時に間違いを起こしたり、恥をかいたりすることを恐れている。特にある種のメディアに対してはスペイン語で通訳付きの会話を望む。ルッソはメディアとの良好な関係を保つことをアドバイスする。

「選手たちはメディアの役割は選手とファンの橋渡しとすることなのだと理解するべきです。メディアを避けたり敵視したりする必要は全くありません」

同じスペイン語圏であっても、国によって微妙に異なるスラングやニュアンスの差は通訳の仕事を困難にすると、3人の通訳は口をそろえる。だが、例えば米国内でも、同じものをある人は「ポップ」と呼び、別の人は「ソーダ」と呼ぶようなことはある。母国語内での違いを学ぶことにそれほど時間はかからない。

ピート・ローズには「ボールを捕って、ボールを投げて、ボールを打つ」という有名な言葉があり、野球を世界共通の言語だと表現した。だが、現実には野球のフィールドに集まる選手たちの多くが異なったバックグラウンドを持つようになってきている。そしてコミュニケーションの問題がパフォーマンスを下げる要因にはなるべきではない。マルチネス、ルッソ、ブリズエラ、そして他の通訳たちの存在が野球というもゲームの質を高めている。

ルッソは以下のように語る。

「これは24時間、年中無休の仕事なんです。もし彼らの家族に何かあったら、私は彼らのそばにいます。もし彼らがレストランで注文できないなら、私はそこに行きます。良い日も悪い日もありますが、通訳はいつも彼らのそばにいなくてはいけないのです。献身的であることが大切なのです」

原文:'This is a 24/7 job': MLB team translators serve a vital role in modern game
翻訳:角谷剛
編集:SNJ編集部

Jared Wyllys