『THE MATCH 2022』(6月19日、東京ドーム)でRISE世界フェザー級王者の那須川天心との『世紀の一戦』に敗れたK-1 WORLD GPスーパーフェザー級王者の武尊が、27日都内で会見を行い、無期限休養を発表した。会見では複数の故障や未公表だった腰椎分離すべり症、さらにパニック障害とうつ病を明かし、それらの治療を経ての復活を目指すとした。
武尊は、天心との世紀の一戦直後、敗戦のショックで多くを語らず、自身の処遇についても明かしていなかった。この日の会見では、東京ドームの56000人を超える観衆を前に、「現役の間に最高な場所で最高な試合をさせてもらえたこと、本当に、ファン、関係者、天心選手、全ての人たちに感謝したいと思っています」と話し、感謝を述べた武尊。東京ドームでは敗れたあとも花道に集まった観衆が口々に「ありがとう」という声をかけてくれたことを一生忘れないとも振り返った。
https://t.co/OGT4j4rI4e pic.twitter.com/VlfxfQt3oV
— 武尊 takeru (@takerusegawa) June 23, 2022
「この10年、勝ち続けてきて、どんなおめでとうよりも嬉しくて、どんな勝利よりも報われた」という武尊だが、その10年間、K1のカリスマとして走り続けてきた代償は大きかった。心身ともに限界にあり、「一回、格闘家として歩みをストップし」無期限の休養期間に入ると涙ながらに話した。その理由は身体的な問題とメンタルの問題、両方だった。
武尊が公表してこなかった腰椎分離すべり症とは
武尊のキックボクサーとしてのスタイルは、インファイトで打ち合いも辞さない消耗戦でねじ伏せるようなタイプだが、10年間最前線で戦い続けた代償は確実に武尊の身体にダメージを残していた。拳のケガは手術しても試合をやるごとに腱の断裂が起き、完治しない状態にあったといい、ヒザの内側じん帯(前十字じん帯)損傷も長らく引きずり、この数年間、状態が良くなかったという。
そして表立って公表していなかったのが、『腰の分離すべり症』だという。正確には、「腰椎(ようつい)すべり症」のひとつの症状で、腰椎すべり症そのものは、積み木のように連なっている背骨が前方に滑り出し(ズレ出し)、神経などを圧迫することで様々な症状を引き起こす疾患だ。
腰椎すべり症には2種類あり、加齢における背骨や椎間板などの変性による『変性すべり症』と、5つある一番下の背骨の本体となる椎体とそれをつなぐ関節を構成する椎弓が疲労骨折などで分離する「腰椎分離症」によって背骨がすべる『分離すべり症』に区別される。
『腰椎変性すべり症』は、加齢による身体的な変性が主な要因とされ、50代以上を中心に、立ち仕事の多い主婦が発症しやすいという。
対して、『腰椎分離すべり症』は、成長期にある10代のスポーツ選手において発症しやすい疾患とされてきたが、18歳以上でも発症リスクがあるという。「腰椎分離症」と「腰椎分離すべり症」はセットで『野球腰』という造語で定義されているが、腰をひねる動作を伴うスポーツ全般での発症例があり、スポーツ選手にとって重要な『体幹』に大きな影響を及ぼすことになる。
キックボクシングにおいては、パンチにしてもキックにしても腰をひねる動作は必須だ。体幹に影響がでるということは打撃力や防御に直結するため、格闘家にとっては死活問題になる。
著名なスポーツ選手としては、『平成の女三四郎』の異名で知られる、柔道アテネ・北京2大会連続五輪金メダリストの谷本歩実さんが腰椎分離すべり症だったとして知られる。2008年の北京五輪当時、現地入りするはずの飛行機が悪天候で遅れ、機内に長時間カンヅメにされたことで症状が悪化。翌日は腰に力が入らず、老人にように前かがみで歩くしかなかったとインタビューで明かしていた(かがんだ状態になると痛みがやわらぐとされる)。師・古賀稔彦さん直伝の投げ技で一本勝ちを量産した派手なアテネ五輪前のスタイルから、寝技中心のじっくりしたスタイルに変更し、痛みに耐えながら五輪2連覇を果たした。
谷本さんのように、発症(分離した)状態でも運動の継続はできるが、短期間の休養による回復では再発リスクがあり、また別の箇所の分離が起きかねないという。さらにすべりが起きると神経が圧迫されることで痛みが発生し、酷い場合はしびれを伴う。この状態になると手術が必要になるというが、会見で武尊が「運動も、寝ることもできなかった。下半身のしびれや麻痺状態になっていた」と話していることを踏まえると、文字通り限界であったことは想像に難くない。
数年前からパニック障害とうつ病で通院
また武尊は、「数年前から精神科に通っていて、パニック障害とうつ病と診断された」とも告白した。以前からその傾向があり、そうした症状とうまく付き合いながら今回の世紀の一戦を迎えた。旧体制から再出発したK1をけん引し続ける偉丈夫にみえた武尊だが、天心との対決実現が決まるまでの数年間、周囲やファンからの声を見聞きし、自分の心が耐えられるのかという瀬戸際にもあったと話す。「今回の試合前にちょっと体調が悪くなった時期もあって、今の格闘家としてだけでなく、今後の人生を考えたとき、一旦これを治さないと人生が壊れてしまう」と思ったのだという。
近年では、メンタルヘルスの不調を明らかにするスポーツ選手が増えてきている。テニスの大坂なおみは昨年の全仏オープンの会見拒否騒動のなかでうつ病を明かした。女子体操の金メダル候補だったシモーネ・バイルズ(米国)は東京五輪のさなか、周囲が期待するメダルよりも自身のメンタルヘルスを優先して欠場した。世界記録を7度も更新した競泳のマイケル・フェルプス(米国)は『水の怪物』と称されたが、アテネ五輪以降、薬物とアルコール依存に陥り、不安障害とうつ病で自殺寸前まで追い込まれた。ボクシングのWBC世界ヘビー級王者タイソン・フューリー(英国)も最初の引退はうつ病が理由のひとつで、当時は薬物と重度のアルコール依存にあった。
国際プロサッカー選手会(FIFPro)が2019年に実施したアンケートによれば、現役・非現役の約800人の対象者の38%がうつ病などメンタルヘルスに不調を抱えてたことが明らかになっている。社会的な理解はここ数年で進んでいるが、それでも無理解な意見にさらされやすい。勝負事の世界では選手としての弱みに捉えられがちで、選手側もそれを恥と思う負のスパイラルがある。
武尊は引退するのか
そうやって「10年間負けることを恐れていた」という武尊だが、これまで明かしてこなかった身体的、精神的、両方の疾患について、悩み抜いたうえで「同じように苦しむ人」たちへのメッセージとして公表に至ったようだ。今回の敗戦で肩の荷をおろせたことで、負けたことで強くなれることを知ったという。
武尊は天心に敗れたことで「K1を背負う資格はない。けじめとして返上させてもらいます」とし、スーパーフェザー級王座の返上を宣言した。だが、「最高の心と体で戻ってくる」として、引退は口にしなかった。K1の看板を新たに背負う選手が現れ、自身の復活の理由になってくれることを期待して休養に入る。
記者会見ありがとうございました。
— 武尊 takeru (@takerusegawa) June 27, 2022
こういう決断が出来たのも試合の後にたくさんの人達から頂いた言葉のお陰です。
新しい目標もあるので
この期間に前向きな気持ちで自分自身と向き合って
病気や怪我を治して
また元気な姿でみんなの前に戻ってきます。
これからも応援よろしくお願いします。 pic.twitter.com/uGNpBjNoUz
▶スポーツ観るならDAZNで。スマホやTVでスポーツをいつでも楽しもう