テレンス・クロフォードと井上尚弥が実際にリング上で戦う可能性は、その体格差からいってもまずないだろう。だが、拳を合わせずとも、どちらがパウンド・フォー・パウンド(PFP=階級を問わず最強を決めるランキング)No.1ファイターであるかを巡っての熱い戦いが繰り広げられている。
ボクシングの世界では、誰がPFPのNo.1か、しばしば激しい議論が巻き起こってきた。フロイド・メイウェザーが君臨していた時にはマニー・パッキャオが、カネロ・アルバレスがトップだった時にはゲンナジー・ゴロフキンがいた。評価は人それぞれで、時として感情的になりがちだ。そこで、名門『The Ring』誌(リングマガジン)元編集人で本誌格闘技部門副編集長のトム・グレイが、クロフォードと井上を巡る、最新のPFP論争について分析する。
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クロフォードと井上、階級は違えど似たようなキャリアを辿ってきた両者
PFPにおけるクロフォードと井上のどちらが上かの争いは、近年でも稀に見る拮抗した戦いだ。まずは、両者のこれまでの戦いぶりを振り返ってみたい。
2014年3月以来、世界王者に君臨し続けてきたクロフォードはここまで40戦全勝(31KO勝ち)、3階級を制覇してきた。7月には『ザ・トゥルース(本物)』と呼ばれるPFP屈指のファイター、エロール・スペンスJrを3度フロアに沈め、9回TKO勝ちを収めた。当初は五分五分の戦いと見られていたが、このウェルター級注目の一戦で『バド』クロフォードは圧倒的な戦いを見せ、2階級での4団体統一王座獲得を達成した。
一方、井上は2014年4月に初タイトルを獲得し、これまでに4階級制覇を成し遂げている(26戦全勝、23KO勝ち)。昨年7月にはWBC/WBO世界スーパーバンタム級王者のスティーブン・フルトンを8回TKOで倒し、それまで無敗だった王者に初黒星をつけた。さらにその5か月後、今度はマーロン・タパレスを相手に10回TKOで勝利、クロフォードに次ぐ2階級での4団体統一王者となった。2022年12月にバンタム級で4団体統一王者となってからわずか1年での快挙達成だった。
ボクシングの歴史を紐解いても、(経験階級は違えど)これだけ似通った成績を残してきたPFPライバルはそういない。クロフォード、井上とも、いつの時代においても、トップクラスのボクサーとして活躍できる選手だ。ではPFPトップと呼べるのはどちらか?
この質問に対する答えはなく、できることはただ自分の意見を述べるだけだ。
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井上ファンを公言するMr.グレイだが、現時点の1位は…
私(グレイ)はというと、井上の2試合よりもクロフォードの1試合の方が印象的だった。『バド』は、権威あるPFPのランキングで軒並みトップ5にランクされるキャリア無敗のウェルター級3団体統一王者(スペンス)に対して、完璧な試合をしてみせた。
スペンスは2019年に交通事故に遭ったことでかつての勢いを失っていたが、それでも復帰後にはダニー・ガルシア、ヨルデニス・ウガス相手に圧倒的な試合を見せていた(2022年末に2度目の交通事故に遭っている)。そうした試合を見た多くのファンはもとより専門家たちさえも、体格に恵まれているスペンスは、ライト級からキャリアをスタートしたクロフォードにとっては大きすぎる、強すぎる相手だと考えていた。
もちろん、終わったあとであれこれ言うのは簡単だ。
例えば、「スペンスはもともとPFPにランクされる器ではなかった」「フェラーリを大破した時点でスペンスは終わっていた」などなど…。
スペンス vs. クロフォード戦のゴングが鳴る前からそう公言していなかったのなら、単なる時間の無駄なので黙っていて欲しい。終わったことをあれこれ言うだけなら、『サウスパーク』に出てくるキャプテン・ハインドサイトと同じ「あと知恵」だし(編注:結果論で批判し、上から目線で正論めいたことを説く行為を指す)、井上を持ち上げるために『バド』のキャリア屈指の戦いを過小評価しなくてはいけないなら不憫な話だ(※)。
(※編注:本オリジナル記事執筆後の1月8日、スペンスJr.は白内障によりクロフォード戦では事実上、片目の状態で戦っていたことを告白すると同時に手術成功を報告した)
2023年の井上のパフォーマンスを見て、彼こそがPFPの1位だと信じるのであれば、反論するつもりはない。とくにフルトン戦は衝撃的で、死刑執行人のような手際の良さでフィニッシュを決めた。一方、タパレス戦では辛抱強く戦い続け、2団体統一王座を倒してみせた。
私はこれまで、何年にもわたって井上を応援してきたし、彼は世界中で一番のお気に入りボクサーだ。ただ、それでもPFP屈指の力を持つ盟友を圧倒したクロフォードは敬意に値する選手だと考えている。井上は、倒した2選手どちらに対しても試合前から優位を伝えられていた。もしタパレスが井上を倒していたら、年間最大のアップセット劇と報じられただろう。当惑する人もいるかもしれないが、それが実際の評価だ。
PFPの論争は2024年も続いていくことだろう。クルーザー級の元4団体統一王者オレクサンドル・ウシクは2月17日、タイソン・フューリーとのヘビー級4団体王座統一戦に挑む。もし、この試合で有無を言わせぬ勝利を収めれば、ウクライナのスターはクロフォード、井上を飛び越えて一躍トップに立つかもしれない。
ただ、いずれにせよ、私は『ザ・モンスター』井上尚弥がすぐにトップの座に返り咲くと考えている。彼が素晴らしいファイターであればあるほど、楽しみはこれからも続いていく。
※本記事は国際版記事(著者: Tom Gary)を翻訳し、日本向け情報を追記・編集した記事となる。翻訳・編集:石山修二、編集:スポーティングニュース日本語版編集部 神宮泰暁
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