ヘビー級3団体統一王者ウシクvs前王者ジョシュアの再戦はなぜ実現したのか?

神宮泰暁 Yasuaki Shingu

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WBAスーパー・IBF・WBO世界ヘビー級統一王者のオレクサンドル・ウシク(ウクライナ)と前王者アンソニー・ジョシュア(英国)のダイレクトリマッチが、8月20日、サウジアラビアの主要都市ジェッダで行なわれることが決まった。しかし、英『BBC』などからはサウジ開催について論争が引き起こされる懸念があると指摘されている。

【動画プレビュー】オレクサンドル・ウシク vs アンソニー・ジョシュアの再戦の行方を数字から紐解く

ウシクvsジョシュア 実現の経緯

2021年9月に行なわれた両者の最初の対戦では、元クルーザー級4団体統一王者のウシクが、スピードとテクニックでジョシュアを圧倒し、3-0の判定勝ち(117-112、116-112、115-113)を収めて、ヘビー級主要3団体統一王座を奪取していた。試合の直後からダイレクトリマッチの意向があったジョシュア陣営だが、様々な理由で再戦の正式決定が遅れることになった。

まず、(ジョシュアの)シェイプアップでウシクのスピードに対抗しようとした戦略ミスを招いた長年のトレーナーであるロブ・マクラッケン氏との関係の見直しのため、ジョシュア自身が動き、新トレーナーを迎えるなどの練習環境の再構築をはかっていたこと。さらに、4団体統一戦を狙うWBC世界ヘビー級王者タイソン・フューリー(英国)が、ジョシュアに対戦順を譲るように金銭契約を持ちかけたこと。そして、ウクライナへのロシア軍事侵攻により、ウシクが国境防衛隊に入隊するというイレギュラーが起こったことだ。

トレーナー問題は、ジョシュア自身が渡米して著名トレーナーらとのセッションを交わしながらも、3月にチームのトレーナー助手だったエンジェル・フェルナンデスをヘッドトレーナーに昇格させていた。しかし、ウシクとの再戦に向けて本格的に準備するなか、元4階級制覇王者のマイキー・ガルシアの父でもある名伯楽ロバート・ガルシア(いずれも米国)をチームに迎え入れることになった。ガルシアはジョシュア自身が米国で接触したトレーナーのひとりだった。

ガルシアはトレーナーとして息子のマイキーだけでなく、井上尚弥とのWBAスーパー・IBF・WBCバンタム級王座統一戦を戦った5階級制覇王者のノニト・ドネア(フィリピン)や、WBA世界ライト級王者だったブランドン・リオス(米国)らを指導した。ボクシングだけでなく、様々なスポーツのトレーナーとしても活躍しており、多面的なティーチングに対応できる人物だ。ジョシュアのチームにおいてもスーパーバイザーのような形で参加し、マインドセット(無意識の試行・行動パターン)の改善などについても助言しているという。

フューリーの横槍騒動は、ウシクとの最速のタイミングでの対戦を譲るように、勝者との対戦権確約と大金を積まれたものの、ジョシュアがそれを拒否。諦めたフューリーは4月23日にディリアン・ホワイトと対戦。勝利後、引退した。

ウシクの問題については、戦闘員として国を守る形ではなく、ボクシングで国を勇気づけるべき存在として特例措置ながら、3月中にウクライナから出国が認められた。これにより再戦への障壁が取り除かれ、ウシク陣営とジョシュア陣営での交渉が続いていたが、6月19日になって『8月20日開催』を正式発表。6月21日に記者会見が開かれた。

『スポーツウォッシング』問題に揺れるサウジ開催に懸念も

一方で、再戦の舞台となる場所について、英『BBC』は、論争を引き起こしかねないと警鐘している。両者にとっての中立地といえば聞こえはいいが、ここ数週間、ゴルフ界の分断を招いている新リーグ『リブゴルフ』の資金源であるサウジアラビア(のジェッダ)が開催予定地だからだ。

ジョシュアは2019年6月、アンディ・ルイスJr(米国)に大敗した『世紀の大番狂わせ』後、同年12月にサウジのディルイーヤでリベンジマッチを行っている。さらに、2021年9月の最初のウシク戦の前、フューリーとの4団体統一戦が行なわれるはずだった地がやはりサウジだった。仲裁調停によってフューリーがデオンテイ・ワイルダー(米国)と3度目の対戦を回避できなくなって頓挫したが、そのときのビッグマッチ計画が今回のジェッダ開催にスライドしたような形となった。

ルイスJrとの再戦当時も人権侵害行為を続けるサウジ政府の『スポーツウォッシング』を手助けするという批判の声があったが、2022年の今は、リブゴルフの騒動によってより衆目を集めやすくなっている。BBCの報道によれば、人権団体『GrantLiberty』による2021年度の報告で、サウジ政府系ファンドはいわゆるスポーツウォッシング事業に15億ドル(約2000億円超)以上を費やしたことがわかっている。件のルイスJrとジョシュアの再戦は、1億ドル(当時約109億円相当)で開催権が取引されたという報道があった。

ルイスJr戦当時の批判に対し、ジョシュアのプロモーターであるエディー・ハーン氏は、ここ数年でF1、プロテニス、世界的プロレス団体のWWEなどのスポーツイベントがサウジ国内で開催されていることを指摘し、ボクシングだけが批判を受けることは理解できないと反論。むしろ中東市場の開拓により、ボクシングの世界的発展に寄与できることを強調した。

あくまで、「我々(プロモーター)の仕事は、ファイターに(戦う)機会を提供すること。彼(ジョシュア)がサウジアラビアに行くと決め、私が反対したとしたら、彼は『またね』(関係を終わらせよう)と私に言うだろう」と2019年当時話していた。

ウシクとの再戦が決まったジョシュアは、「私は今、これまでのキャリアで最も幸福で、最も意欲的」と意気込むが、少なからず論争を呼ぶことは避けられないだろう。

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神宮泰暁 Yasuaki Shingu

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日本編集部所属。ボクシング・格闘技担当編集者。