【特集】日本バスケの将来を担う男、八村塁 ドラフト有力候補に成長するまでの軌跡

Drew Nantais

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12月のワシントン大との対戦でゴンザガ大はナンバー1ランキングと今季無敗記録の両方を失うことになるかもしれないと危機感を抱いていた。

ワシントン大のガード、ジェイレン・ノウェルが2本のフリースローを決め、試合は10秒を残して79-79の同点となった。ゴンザガ大のジョシュ・パーキンスはボールを受け取ると、残り時間が刻々と無くなる中、慎重なドリブルでコートを駆け上った。

パーキンスはそこで八村塁にパスを送った。八村はゴールに背を向けてパスを受け取ると、すぐにワシントン大の4人に囲まれたが、それをものともせず、振り返ると同時に15フィート(約4.6メートル)のシュートを成功させ、残り時間2秒の土壇場でゴンザガ大の勝利を呼び込む貴重な2得点を挙げた。

八村にとってはこのプレーは単なる勝利の1つに留まらず、バスケットボールを始めてからの7年以上にも及ぶ長い道のりを象徴する出来事となった。

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バスケを始めたのは中学時代

アフリカのベナン共和国出身の父と、日本人の母を持ち、富山で生まれ育った八村は幼少の頃はバスケットボールにさほどの興味がなかった。多くの日本人の子供と同じように、八村もまた有名なプロ選手を輩出する野球が好きだった。

八村が中学校に進むと転機が訪れた。

「同じクラスの友達が熱心にバスケットボール部に誘ってくれたんです。あまり彼が何度も誘ってくれるものだから、僕もその気になりました」と八村はスポーティングニュースの取材に答えた。

八村が自分にバスケットボールの才能があると気がつくまで長い時間はかからなかった。八村の恵まれた体格と類まれな運動能力は進学した明星高校でも存分に発揮され、同校の全国高校バスケットボール大会2年連続優勝に貢献した。

八村のキャリアにおける次のハイライトは高校在学時に出場した2014年にドバイで開催されたU17世界選手権だった。日本はこの大会に初進出を果たし、現在でも唯一となっている。

そこで八村は世界中から集まった若い優秀な選手たちと競い合った。その中には後にNBAプレイヤーになったジョシュ・ジャクソン、ジェイソン・テイタム、ハリー・ジャイルズらの名前も含まれていた。

「外国の選手との対戦は今までとは全く違った経験でした。彼らはもっと才能があって、もっと運動能力が高くて、なによりバスケットボールのことを良く知っている。彼らとの対戦は本当に楽しかったです」と八村は語る。

八村は日本をベスト16、最終14位に導き、彼と日本のチームが世界レベルにあることを証明した。身長が約200cmになっていた八村は1試合平均22.6得点をあげ、大会得点王を獲得した。ハイライトはイタリア戦の35得点だった。

スポーツ専門局『ESPN』のアナリストであるフラン・フラスキラ氏は、「私がそこで見たのは巨大でまだ眠っている才能だった。素晴らしい運動能力とギリシャ神話に出てくるような体格を持っていたが、バスケットボールの成熟度はまだ未開発だった」とスポーティングニュースの取材に答え、当時の八村について語った。

 

アメリカでの苦悩と成長

国際舞台での活躍が認められて、八村の元に全米中の多くの大学からの勧誘が舞い込むまで時間はかからなかった。その中にはワシントン州スポケーンにある小さな私立大学、ゴンザガ大学も含まれていた。八村はバスケットボール選手として勧誘されるまで、この大学の名前を聞いたことがなかった。

「全然知りませんでした」と八村は話す。

しかし2015年11月、八村はゴンザガ大学を正式に訪れると、同大学のバスケットボールチーム『ブルドッグス』に加わることを表明した。チームを選ぶこと自体はさほど難しくはなかった。

キャンパスに足を踏み入れる前から、八村は米国での生活に適応することは容易ではないと覚悟していた。5000マイル(約8000km)離れた地球の裏側に移り住むことは誰にとっても容易ではない。特に17歳の少年にとってはなおさらだ。

八村が1年生だった年、ゴンザガ大は同校の歴史で初めてNCAAトーナメントのベスト4に進出した。トーナメント決勝戦ではノースカロライナ大学に65-71で敗れている。この年の八村は1試合平均4.6分の出場のみに終わった。

「最初からプレイ機会があまりないことはわかっていました。学校の勉強や英語の問題があまりにも大きかったです。異文化と言語の壁には本当に苦しみました」と八村は当時を振り返る。

「チームメイトは本当によくしてくれました。こっちが何も話せなくても、あちらから話しかけてくれたし。スラングとかも教えてくれたし、遊びにも誘ってくれました。こっちはジェスチャーと翻訳機に頼っていたんですけどね。今も勉強中ですけど、少しは話せるようになりました」。

2年生になって、米国での生活に慣れるにつれ、八村の成績は飛躍的に上昇した。プレイ時間は約5倍に増え、1試合平均で12得点に近づいたのだ。

フラスキラ氏は「八村の1年生時は米国での生活に慣れて英語を学ぶことが優先だった。2年生になってようやくバスケットボールを学び始めた。その両方が実って、今では八村は間違いなくこの国でも屈指のベストプレイヤーだ」と語っている。

 

NBAドラフトで指名されれば、日本人初

ゴンザガ大3年目となった今シーズン、ここまでの八村の活躍は目覚ましい。1試合平均20.1得点、6.3リバウンドを挙げ、3ポイントシュート成功率は43.5%に達し、スポーティングニュースが選ぶシーズン途中での全米優秀選手に名前を連ねている。

ゴンザガ大のマーク・ヒュー・ヘッドコーチは、「受賞は妥当だ。八村は間違いなく選手として成長している。堂々と自信をもってプレーしているときの彼は、誰にも止められない」と語った。

八村の能力はここまでゴンザガ大に18勝2敗の好成績をもたらしているだけではなく、NBAのスカウト陣にとっても垂涎の的だ。八村の優れたディフェンス、リバウンド、そして得点能力はカワイ・レナードやヤニス・アデトクンボを彷彿させる。あらゆるメディアでドラフト上位指名が予想されていることは当然だろう。

八村が日本からやって来たことも注目に値する。過去にNBAでプレイしたことがある日本人は2004年の田臥勇太(フェニックス・サンズ)と今シーズンの渡邊雄太(メンフィス・グリズリーズ)の2人だけだ。

フラスキラ氏は「八村がどこ出身であろうと、NBAの有望株選手であることは間違いない。いつか必ず一流のNBAプレイヤーになるだろう」と期待を寄せる。

予想通りに八村が今夏のNBAドラフトで指名されれば、日本人として史上初の出来事として新たな歴史を刻むことになる。だが、現時点では八村は次のステージについてはあまり語ろうとはしない。

「今はとにかくゴンザガ大でバスケットボールに集中したいんです。ここでの生活は楽しいし、毎日頑張っています」。

2020年夏の東京オリンピックは、八村が母国日本を代表して、世界の強豪たちと世界最大の舞台で競うチャンスだ。

「我々日本が外国チームとどれだけ渡り合えるかを見せることができる、大きなチャンスだと思います。家族や日本の友人たちの前でプレイできたらとても楽しいと思う」。

その日までは八村は現在の環境で成長を続けることに専念するだろう。

だが、この少年がはるか遠くの富山からやって来て歩んだ道のりと、輝かしい未来の可能性を思わずにはいられない。


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