25奪三振を達成した男:知られざる“ブレット・グレイ”の物語 【第1回】

Ryan Fagan

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ブルース・グレイは苛立ち、怒り、そして困惑していた。

2000年6月3日、ラバット・パークにブーイングが沸き起こり、ビールの空き缶とホットドッグの包みが彼に向かって投げ込まれた。グレイは彼の息子、ブレットがいるマウンドに向かって走った。ブレットはその日、野球史上に残る大記録を達成しようとしていた。

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フロンティア・リーグのロンドン・ウェアウルブスでプレーするブレットはこの日、既に25の三振を奪い、9回2アウトを迎えていた。9イニングでこれより多くの三振を奪ったプロの投手は、アパラチアン・リーグで1952年に27奪三振を記録した元ピッツバーグ・パイレーツ投手のロン・ネッチアイだけだ。メジャーリーグ(MLB)では1986年にロジャー・クレメンスが、歴代初の20奪三振を達成した。

ウェアウルブスの投手コーチだったブルースは、監督のアンディ・マッコーリーにマウンドへの訪問を命じられ、しぶしぶ従った。

「何が起きているのか、さっぱりわからなかった」ブルースは言った。「『なぜ自分がマウンドへ? スケープゴートにされてしまうじゃないか』という思いだった」

マッコーリー監督もまた、わかっていなかった。ウェアウルブスの1999年シーズン優勝を表彰するため現地にいたリーグ・コミッショナーのビル・リーもまた、わかっていなかった。捕手のトニー・ジロも、球団社長兼ジェネラル・マネージャー(GM)のジョン・クーンも、TV実況者のドク・パルマーも皆、わかっていなかった。彼らは皆、ファンの反応を見て、ブルースが彼の息子をマウンドから降ろすのだと判断した。理解に苦しむ何らかの理由によって。

ブレットと、最終回を見るためビアガーデンでの仕事から解放された彼のフィアンセ、キーリーだけが、真実を知っていた。

このすごい試合についての話をする前に、まずは少し補足をしよう。

チリコシー・ペインツの選手たちは、2000年6月3日の遥か昔から、ブレット・グレイの全てを知っていた。

ペインツとウェアウルブスは1999年にフロンティア・リーグの優勝決定シリーズで対戦し、ラバット・パークで行われた第2戦、グレイは完投勝利でウェアウルブスを優勝に導いた。世界記録のギネスブックによると、1877年に始まったフロンティア・リーグは世界最古の野球リーグだ。グレイは1999年シーズン、125イニングを投げて129三振を奪い、リーグのシーズン記録を樹立した。

「ブレットがなぜ今、このリーグにいるのかわからない」ペインツの外野手、ジョー・コラメコは言った。「彼は前年、素晴らしすぎた。そして契約を得ているべきだった。皆がそう思っている」。

グレイが1999年シーズンを共に戦ったチームメイトの何人かは、MLB球団と契約を結んだ。それは独立リーグであるフロンティア・リーグの選手たちにとって、一番の目標だ。しかし、身長が6フィート以下で球速が時速90マイルに満たないグレイは、契約を得なかった。ウェアウルブスを優勝に導いた完投勝利から3日後、グレイはシカゴ郊外で行われたパイレーツの招待制トライアウトで素晴らしいパフォーマンスを見せたが、最高球速が89マイルだったため契約されなかった。もし1度でも90マイルを記録していたら契約していた、とスカウトはグレイに告げた。

グレイがMLBから納得いかない理由で拒否されたことは、それが初めてではなかった。彼はオクラホマ・シティ大学(OCU)時代、1998年にNAIAワールドシリーズでチームを3位に導くなど素晴らしい活躍を見せたが、ドラフト指名されなかった。いくつかのトライアウトも受けたが、ダメだった。当時23歳の彼は、野球を激しく愛してはいたものの、人生における次のステップを考え始めた。

彼はOCUでキーリーに出会い、5年ほど一緒に過ごしていた。彼らは2000年の夏を、ウェアウルブスの本拠地ロンドンで過ごすことに決めた。グレイは地元オンタリオで、父と友人たちに囲まれた素晴らしいチームでもう1年プレーし、キーリーは球場のビアガーデンで働く。そしてシーズン終了後、結婚することも決めた。結婚式の日付は2000年9月23日に設定した。

しかし一方で、恐ろしいほどに負けず嫌いなグレイはモチベーションが高まっていた。

彼には90マイル台中盤の速球はなかったが、どんなカウントからでもストライクを取れる球種が豊富にあった。従来は速球を投げるべきカウントで投じるカーブなど、意表をついた配球を行う能力もあった。常に打者のバランスを崩し、投球時の腕の角度は3パターン以上あった。速球に加え、カーブ、チェンジアップ、シンカー、スライダーを投げ、2000年にはカッターも加えた。

「僕が指で数えられる以上の球種を彼は持っていた」グレイの捕手を務めたジロは言った。

そして、グレイが投じる全てのボールはホームプレートに向かう過程で動き、特に2000年の本拠地開幕戦では凄かった。

「彼の変化球は、軌道が曲がるように作られたプラスチックのボールを誰かが投げているみたいだった」ペインツの遊撃手、マイク・サーベナックは言った。「彼は完全にスイッチが入っていた」。

3番打者のサーベナックはこの日、初回に出塁したが、それは振り逃げによるものだった。ストライクゾーンから大きく外れた変化球を空振りし、捕手のジロはそれを捕球できなかった。その結果、グレイはこの回3つではなく4つの三振を奪い、大記録達成のチャンスを得た。グレイは2回、3回にも2三振ずつを奪い、3回を終えて8奪三振とした。

「三振のことは考えていなかった。最初の数イニングは球場に日陰があって、打者はボールを見にくかったからね」グレイは言った。「良いボールを投げられていたのはわかっていたけど、何か大きく違うことが起きているとは思わなかった」。

グレイは4回に3三振、そして5回にも3三振を奪い、この時点で14奪三振とした。球場内の誰もが、この事実をわかっていた。誰もが。

「正直に言うと、球審に助けられたと思う」グレイは言った。「僕はおそらく(ストライクゾーンを)数インチ外れた際どいコースに投げ始めて、ペインツの選手たちも抗議しなかった」。

1988年ソウル五輪の決勝戦で一塁の塁審を務めていたベテランの球審、ジム・クレスマンはこの日、ジロの数フィート後方にいた。

「試合が進むにつれて、自分がストライクゾーンをやや広く取っていたことは知っている」クレスマンは言った。「ペインツの選手たちは、文句を言わなかった。彼らはバットを振っていた」。

ウェアウルブスが7-0とリードし、球場の全視線がグレイに注がれた。野球の伝統に従い、イニング間には誰もグレイに話しかけないウェアウルブスのダグアウトを除いて。

「僕の父は野球に関しては、感情を表に出さず、深入りすることもないんだ」グレイは言った。「彼はただ落ち着いていて、冷静なんだ。野球のことをよくわかっている。彼自身が野球をプレーし、プロの選手だったんだ。彼は昔、(モントリオール・)エクスポズのトライアウトを受けたことがある。彼は僕と歩調を合わせてくれた」。

グレイは6回、この回2つ目の三振を奪い、フロンティア・リーグ記録の1試合16奪三振に並んだ。そしてこの回3つ目の三振で、新記録を樹立した。プレスボックス(記者席)は騒がしくなった。僅か6イニングで新記録? 彼らはグレイの素晴らしい投球を見ることを期待していたが、この日は異次元だった。

球団社長、GM、マーケティング担当者のジョン・クーンは、黒と赤の“K”のボードを壁に掲げてグレイの奪三振数をカウントするウェイン・アーブショットと“カズン・ジェニー”が座る最前席にやってきた。

「ジョンは自分の部屋からやってきて、我々が正しく数えているか確認しにきたんだ。彼は僕がビールで酔っぱらっていないか心配だったのさ」アーブショットは笑いながら言った。「もちろん正しい数字だよ! と僕は言った。あといくつ“K”のボードが残ってるんだ? と彼は言った。足りないね、どうすればいいかわからない、と僕は言った。そこで僕らは、即席のボードを作った。彼がポップコーンの箱をいくつか持ってきて、僕らはそれを広げて黒いマーカーで「K」と書いたんだ」

ウェインが親しみを込めて“カズン・ジェニー”と呼ぶ従妹のジェニーも、それを手伝った。二人は17枚のボードを球場に持ってきたが、急いでポップコーンの箱で追加のボードを作った。

「縁起の悪いことはしたくないでしょう?」今はジェニー・ハーンターという名前になったジェニーは言った。「17で終わらせたくなかった」。

第2回へ続く)

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Ryan Fagan

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Ryan Fagan, the national MLB writer for The Sporting News, has been a Baseball Hall of Fame voter since 2016. He also dabbles in college hoops and other sports. And, yeah, he has way too many junk wax baseball cards.