まもなく2023年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)が幕を開ける。今回が5度目の開催となる同大会で、日本は2回の優勝を果たしている。初めての開催であり、そして日本が優勝を飾った2006年大会を振り返る。
「世紀の誤審」に泣いたアメリカ戦
2006年3月。メジャーリーガーが参加して行われる初めての国際野球大会として、第1回のワールド・ベースボール・クラシックが開幕した。
海の物とも山の物ともつかぬ初めての大会で、各国の間で本気度には温度感には差異があり、日本も松井秀喜(ヤンキース)や井口資仁(シカゴ・ホワイトソックス)といったメジャーリーグ球団所属選手は辞退を表明している。
イチロー(シアトル・マリナーズ)と大塚晶文(テキサス・レンジャーズ)のメジャー組を除くそのほかのメンバーはすべて松坂大輔(西武ライオンズ)や上原浩治(読売巨人軍)、松中信彦(福岡ソフトバンクホークス)といったプロ野球機構・NPBのトップ選手というチームで臨んだ日本だったが、最終的には優勝を果たし、日本国内で大きな盛り上がりをもたらした。
しかし、頂点へたどり着くまでの道程にはあまりに多くのドラマがあった。
そのなかで最たるものが、2次ラウンドの初戦、アメリカとの対戦だった。米カリフォルニア州のエンジェル・スタジアム・オブ・アナハイムで行われたこの試合は、日本がメジャーリーガーだけで構成される同国と真剣勝負の場で初めて相まみえる試合となった。
そうした背景もあって、チームが浮き足立つのを感じたイチローは、プレーボールから間もない1回表、相手先発のジェイク・ピービー(サンディエゴ・パドレス)から“狙っての”ソロ本塁打を放ち、仲間らの目を覚ました。
3−0とリードした日本は6回に追いつかれるも、8回の裏、日本は一死満塁と勝ち越しの機会を作る。ここで三塁走者の西岡剛(千葉ロッテマリーンズ)は岩村明憲(東京ヤクルトスワローズ)の犠飛によるタッチアップでホームへ還るが、主審のボブ・デービッドソンは左翼手の捕球よりも西岡の離塁が早かったとして、判定を覆してしまったのだ。
リプレーでは西岡の離塁は正当なものにしか見えなかったが、デービッドソンの判定が覆ることはなく、日本は無得点。9回裏、アメリカのアレックス・ロドリゲス(ニューヨーク・ヤンキース)にサヨナラ安打を打たれ、4-3で大事なラウンド初戦を落とした。
「野球が始まったアメリカでこういうことがあってはならない」
試合後、当時NPBではホークスを率いていた“世界の本塁打王”・王貞治監督は、言葉は冷静ながらも無念さをにじませ、このように語っている。
冒頭で記した通り、初めての大会ということで日本でも当初はどの程度の熱量で見ていいのかわからないという状況だったのだが、奇しくもこのアメリカ戦での「世紀の誤審」によって盛り上がりは急激に膨らんでいった。
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「三度目の正直」で宿敵韓国を撃破
日本のもう一つのハイライトは、韓国との激闘だ。この大会、日本と韓国は3度対戦しているが、いずれも見る者をも緊張させる試合だった。
大会前のイチローによる「(韓国には)向こう30年は日本に手は出せないなという感じで勝ちたい」という発言が、熾烈な戦いに火をつけたところがあった。
東京ドームでの1次ラウンド。初戦から2試合連続でコールド勝ちを収め快調だった日本だったが、同ラウンド最終戦の韓国戦の終盤8回、韓国の主砲イ・スンヨプ(巨人)による逆転の2点本塁打によって2-3で敗れてしまう。これにより日本は韓国に次ぐ2位で次ラウンド進出となった。
そして上述のアメリカ戦での敗戦を受け、決勝ラウンド進出へ向けて負けられない韓国との2戦目。こちらもロースコアの展開となったが、米国戦でサヨナラ安打を許した藤川球児(阪神タイガース)が8回表、中日ドラゴンズでも活躍したイ・ジョンボムに勝ち越しのタイムリー二塁打(失策が絡んで三塁まで進塁)を打たれ、2-1で再び敗れてしまう。
これで日本の命運は尽きたかと思われた。だが、奇跡が起きる。メキシコがアメリカに予想外の勝利を収め、この2チームと日本が1勝2敗で並ぶも、3国間での失点率の低さで日本が最上位(0.28、アメリカは0.29、メキシコが0.39)となり、サンディエゴでの決勝ラウンドに駒を進めたのだ。
そしてその決勝ラウンド・準決勝。日本は韓国と3回目の対戦を迎える。国際大会で無敗と抜群の強さを誇る上原浩治(巨人)は、先発として一世一代の快投を見せるが、韓国先発のソ・ジェウンも好投で、日本も点が入らず、両者とも無得点が続く。
しかし、7回。それまでの2試合で苦杯をなめてきた日本の攻撃が一気に火を吹く。王監督は、大会を通じて3番で起用されながら、この日は不調でベンチスタートだった福留孝介(中日)を代打に送ると、起用に応えて福留が跳ね返した打球は打った瞬間にそれとわかる鮮やかな2点本塁打となった。日本はこの回だけで5点を挙げ、最終的には6-1で勝利。アジアの宿敵に雪辱した。
そして、キューバとの決勝戦では先発の松坂が素晴らしい投球を見せる。また韓国との準決勝である種の呪縛から解き放たれた日本打線も初回から4点を入れるなど爆発し、10-6の勝利。銀色に輝く優勝トロフィーを南カリフォルニアの夜空に掲げた。
松坂がMVP、イチローはチームを牽引
個々で見ると、さまざまな選手が力量を発揮し、光を放った。投手陣では、上原、松坂という日本のエースたちが大舞台での勝負強さを見せれば、2人とともに先発ローテーションを担った渡辺俊介(千葉ロッテ)が、初見の対戦では対応が難しいアンダースローによる投球で効果的な仕事をした。
大会MVPには3勝をマークした松坂が選ばれ、同ベストナインには松坂とイチロー、里崎智也(千葉ロッテ)が選出された。
また、調子の上がらなかった藤川に代わって、本来は中継ぎの大塚が抑えとなり、フォークかと思うほどの落差のある縦のスライダーで、決勝戦でも完璧な投球をするなど、見事に穴を埋めてみせた。
だが、なんと言っても主役はイチローだった。オリンピックにはアマチュアが参加すべきとして、真のプロによる世界大会を臨んでいた男は、シーズン中のクールさとは違ってより感情を出しながら、メジャーリーガーも参加する待望の大会で躍動。パフォーマンスでも言葉でも、日本の先頭に立っていた。
2次ラウンドの敗戦後、相手の韓国はマウンドに自国の国旗を立てたが、イチローは「僕の野球人生で最も屈辱的な日」と悔しさを隠さなかった。また、優勝後のシャンパンファイトではチームメートとともに子どものようにはしゃぐ姿があった。華々しい彼のキャリアのなかでもとりわけ印象に残るものの一つとなった。
日本戦ですら球場が満員にならないなど、開幕時の注目度が高かったとは言えなかった大会はしかし、数々の出来事と優勝という最高の結果で、日本では大きな盛り上がりのなか、幕を閉じた。
2006年WBCの侍ジャパンメンバー
位置 | 背番号 | 氏名 | 所属 | 投 打 | 生年月日 |
---|---|---|---|---|---|
投手 | 11 | 清水 直行 | 千葉ロッテマリーンズ | 右 右 | 1975.11.24 |
投手 | 12 | 藤田 宗一 | 千葉ロッテマリーンズ | 左 左 | 1972.10.17 |
投手 | 15 | 黒田 博樹 | 広島東洋カープ | 右 右 | 1975. 2.10 |
投手 | 15 | 久保田 智之 | 阪神タイガース | 右 右 | 1981. 1.30 |
投手 | 18 | 松坂 大輔 | 西武ライオンズ | 右 右 | 1980. 9.13 |
投手 | 19 | 上原 浩治 | 読売ジャイアンツ | 右 右 | 1975. 4. 3 |
投手 | 20 | 薮田 安彦 | 千葉ロッテマリーンズ | 右 右 | 1973. 6.19 |
投手 | 21 | 和田 毅 | 福岡ソフトバンクホークス | 左 左 | 1981. 2.21 |
投手 | 24 | 藤川 球児 | 阪神タイガース | 右 左 | 1980. 7.21 |
投手 | 31 | 渡辺 俊介 | 千葉ロッテマリーンズ | 右 右 | 1976. 8.27 |
投手 | 40 | 大塚 晶則 | テキサス・レンジャーズ | 右 右 | 1972. 1.13 |
投手 | 41 | 小林 宏之 | 千葉ロッテマリーンズ | 右 右 | 1978. 6. 4 |
投手 | 47 | 杉内 俊哉 | 福岡ソフトバンクホークス | 左 左 | 1980.10.30 |
投手 | 61 | 石井 弘寿 | 東京ヤクルトスワローズ | 左 左 | 1977. 9.14 |
投手 | 61 | 馬原 孝浩 | 福岡ソフトバンクホークス | 右 右 | 1981.12. 8 |
捕手 | 22 | 里崎 智也 | 千葉ロッテマリーンズ | 右 右 | 1976. 5.20 |
捕手 | 27 | 谷繁 元信 | 中日ドラゴンズ | 右 右 | 1970.12.21 |
捕手 | 59 | 相川 亮二 | 横浜ベイスターズ | 右 右 | 1976. 7.11 |
内野手 | 1 | 岩村 明憲 | 東京ヤクルトスワローズ | 右 左 | 1979. 2. 9 |
内野手 | 2 | 小笠原 道大 | 北海道日本ハムファイターズ | 右 左 | 1973.10.25 |
内野手 | 3 | 松中 信彦 | 福岡ソフトバンクホークス | 左 左 | 1973.12.26 |
内野手 | 7 | 西岡 剛 | 千葉ロッテマリーンズ | 右 両 | 1984. 7.27 |
内野手 | 8 | 今江 敏晃 | 千葉ロッテマリーンズ | 右 右 | 1983. 8.26 |
内野手 | 10 | 宮本 慎也 | 東京ヤクルトスワローズ | 右 右 | 1970.11. 5 |
内野手 | 25 | 新井 貴浩 | 広島東洋カープ | 右 右 | 1977. 1.30 |
内野手 | 52 | 川崎 宗則 | 福岡ソフトバンクホークス | 右 左 | 1981. 6. 3 |
外野手 | 5 | 和田 一浩 | 西武ライオンズ | 右 右 | 1972. 6.19 |
外野手 | 6 | 多村 仁 | 横浜ベイスターズ | 右 右 | 1977. 3.28 |
外野手 | 9 | 金城 龍彦 | 横浜ベイスターズ | 右 両 | 1976. 7.27 |
外野手 | 17 | 福留 孝介 | 中日ドラゴンズ | 右 左 | 1977. 4.26 |
外野手 | 23 | 青木 宣親 | 東京ヤクルトスワローズ | 右 左 | 1982. 1. 5 |
外野手 | 51 | イチロー | シアトル・マリナーズ | 右 左 | 1973.10.22 |
*チームは当時の所属
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